「ロボットは東大に入れるか。」のフレーズで有名な国立情報学研究所の東ロボくんプロジェクトをご存知でしょうか。最近のベストセラー書籍『AI vs. 教科書の読めない子どもたち』(新井紀子・著)でも紹介されていたので、知っている人も多いと思います。

ぼくは中高一貫のインターナショナルスクールで教えていた時、このプロジェクトに影響されて「基礎的読解力調査」というものを勤務校で実施してみました。この調査は、AI が苦手とする入試問題の分野(同義文判定、推論、イメージ同定、具体例同定)について、今の中高生がどの程度正答できるのかを調べる実験です。

今回は、この「基礎的読解力調査」の概要とその結果についてご紹介したいと思います。

1つ目の数字〜シンギュラリティの到来予測〜

こちら、何の数字かわかりますか? 答えは、シンギュラリティ(Singularity)が到来すると言われている年、です。「シンギュラリティ=技術的特異点」とは、AI が、自律的に(つまり人間の力をまったく借りずに)、自分自身よりも能力の高い AI を作り出すことができる地点のことを言います。

シンギュラリティが本当に到来するかどうかは、専門家の間でも意見が割れているそうです。ぼくが今回参考にした書籍『AI vs. 教科書の読めない子どもたち』によると、AI はあくまでも計算機であり、AI が計算機の域を脱しない限りシンギュラリティに至るのは不可能とのことです。

しかし、近い将来、少なくとも「非常に優秀な計算機」である AI と共存する世界になることは確かです。そうなった場合、社会にどのような影響があるのでしょうか?

2つ目の数字〜仕事はどんどん減っていくの?〜

もう一つ数字を挙げます。こちらは何の数字かわかりますか? 単位はパーセントですが。

答えは、近い将来なくなるリスクが高い職業の割合です。「近い将来」とは、今後5〜15年くらい先のことです。つまり、2023〜2033年くらい。もしかして、人間の仕事がどんどん減っていってしまうのでしょうか?

・・・いえ。多分そうはなりません。減った分、他の仕事(AIにできない仕事)が新たに創出されると予想されるからです。なーんだ。それならあまり心配いりませんね・・・。

と・こ・ろ・が!

専門家の間では、AI 大恐慌 が予想されているのです!

いわゆるホワイトカラー(事務職)の大量失業です。いったいなぜでしょうか? それは、「AIにできないことができる人間が、異様に少ないから」です。

AI によって半分近くの既存の職業がなくなり、その代わり、AI にできない新たな職業が生まれた。しかし、AI にできないことは人にもできなかった・・・。これが予想される悲しいシナリオです。「企業は人材不足で頭を抱えているのに、社会には失業者が溢れているーー。」そんな未来が予想されているのです。こうして、世界的な大恐慌が到来する。

じゃあ AI にできないことって何?〜東ロボくんプロジェクト始動〜

つまり、AI にできないことができる人間にならないと失業する、ということですね。では、「AIにできないこと」って、何でしょうか? その答えを探し求めた有名なプロジェクトが、「ロボットは東大に入れるか。」です! 通称「東ロボくんプロジェクト」。

このプロジェクトは、国立情報学研究所の AI 技術者・数学者たちが企画し、代々木ゼミナール(有名予備校)の全面協力のもと実現しました。簡単にいうと、大学入試の模擬試験を AI(ロボット)に受けさせて、大学合格率を推定したのです。

ただしこのプロジェクトの目的は、ズバリ「東大に合格すること」ではありません。(ん?? どういうこと?)

どういうことかと言いますと、このプロジェクトの目的は、「AI にできることとできないことを見極める」ことなのです。東大合格を目指す中で、AI に解ける問題と解けない問題が次第に明らかになってくるわけです。そして「どの問題形式に強いか(あるいは弱いか)」がわかるようになる。これこそ、ぼくたちが最も欲しい情報、「AI にできないことは何か」への答えです。では早速、東ロボくんプロジェクトの結果を見てみましょう。

「MARCH」クラスの大学なら合格可能性80%以上!

代々木ゼミナールのセンター模試(2016年)での結果は、5教科8科目の偏差値が57.1でした。この結果が何を意味するかと言うと、「MARCH」クラスの大学で合格可能性が80%以上。「MARCH」とは明治大学(M)、青山学院大学(A)、立教大学(R)、中央大学(C)、法政大学(H)のことで、いわゆる「難関私立大学」と呼ばれる大学です。受験生の中には、これらの大学を第1志望校にして頑張っている生徒たちがたくさんいるわけです。

東ロボくんの実力はすでに「MARCH」クラスの受験生を超えている。これは、世の中の一般的な基準で「優秀」と言われる高校生よりも、AI の方が学力面ではすでに優っているということを意味します。言ってみれば、これから社会に出て行く高校生たちは、こんな優秀な AI と就職活動で争わなくてはならないのです。なぜなら、AI にできることなら、人を雇うよりもAI を購入する方がずっと安く済むからです。文句も言われないし。

さて、MARCHクラスの大学で十分な合格可能性を達成した東ロボくんですが、東ロボくんプロジェクトはここで、「東大に合格するレベルには到達しない」という結論を出しました

まだまだ頑張れば行けそうなのに、なぜこのような結論を出したのでしょうか。ちなみに、代々木ゼミナールの東大入試プレ(2016年)では、数学の偏差値は76.2(全受験者の上位1%)でした。数学だけ見れば、東大合格も十分に射程圏内なのです。

プロジェクトチームが東ロボくんの東大合格を不可能と判断した理由とは?

その理由は、大学入試の5つの問題形式のうち、「構文解析」は結構当たるが、「同義文判定」「推論」「イメージ同定」「具体例同定」ができないから、です。

ここで、冒頭に出てきた「5つの問題形式」が登場します。

  1. 構文解析
  2. 同義文判定
  3. 推論
  4. イメージ同定
  5. 具体例同定

それぞれの問題形式の具体例は後述します。

AI は計算機なので、根本的に、論理・確率・統計でしか解答できません。数学には強いけど、そのほかの入試問題では苦戦する理由がここにあります。AI はあくまで計算機であるということ。

上記「大学入試の5つの問題形式」は、実は全て AI が苦手とする分野(つまり計算以上のものが要求されている分野)なのですが、構文解析だけは、十分な「教師データ」があれば割と当てることができます。「教師データ」とは、人の手で入力する膨大な解答例のことです。AI は解答例と照らし合わせながら、総当たりで選択肢を吟味し、最も確からしい答えを抽出します。決して「AI が考えて、理解して、解答している」訳ではありません。そう。たとえ正答できても、「AI は意味を理解していない」のです。これは非常に重要な視点です。

AI にできないことは人間にもできない?〜基礎的読解力調査〜

AI にできないのは「同義文判定」「推論」「イメージ同定」「具体例同定」であることがわかりました。では、今の中高生はこれらができるのか? ・・・もちろん、うちら大人もですが。

というわけで、東ロボくんプロジェクトチームはもう一つの関連プロジェクトを試みました。題して、基礎的読解力調査。大学入試の5つの問題形式に関して、基礎的な理解力を測る目的で実施したテスト形式の調査です。

調査に使用したテスト問題の一部をご紹介します。たとえば次のような問題。

問題例1(同義文判定)

出典:『AI vs. 教科書の読めない子どもたち』(新井紀子・著)

 

答えは・・・

 

・・・

 

「②異なる」です。沿岸の警備を命じられたのは「大名」であって、「幕府」ではないですよね。当然「②異なる」と答えられそうなものですが、これが意外とできないのです。

結果の全国統計を新井紀子さんの著書(上述)から引用すると、以下のようになっています。

さて、全国の中学3年生の正答率55%について、あなたはどう思いましたか? 半分以上正解しているから、まあまあOKなんじゃないかと思いましたか?

・・・そんなことないですよね。2択の問題なので、サイコロを転がしても50%は正解するんです。「正答率55%」は危機的な状況です。お分りいただけるでしょうか。この程度の教科書の文章でも、中学3年生はほとんど理解できていない、ということです。

次の問題を見てみたいと思います。

問題例2(イメージ同定)

出典:『AI vs. 教科書の読めない子どもたち』(新井紀子・著)

 

答えは・・・

 

・・・

 

「②」です。28%が「アメリカ合衆国以外の出身」なので、アメリカ出身の選手は72%ですよね。そして残り28%のうち最も多いのがドミニカで、およそ3分の1を占める。ですから当然、答えは「②」になります。

では、結果の全国統計を見てみましょう。以下のようになっています。

答えは4択なので、ランダムな正答率は25%です。つまり、「正答率25%」とは、「1/4の人が正しく理解している」わけではなく、「まったく理解していない」ことを意味します。ですから、全国的に見てイメージ同定の能力は、中学生・高校生ともに極めて深刻です。

大学入試や高卒認定試験の過去問を見れば、この種のイメージ同定問題が多数出題されていることは一目瞭然です。特に社会科。イメージ同定の能力は、受験での勝敗の分かれ目にもなるんですね。

余談ですが、入試問題って、実は非常によく作られているんです。曖昧な理解では解けないし、丸暗記でも解くのが難しい。ちゃんと受験生の能力・資質を測ることができるようになってるんですね。

基礎的読解力調査の結果から言えること

以上、基礎的読解力調査の例題を見てきました。以下に、5つの問題形式における正答率の、総合的な結果を引用します。

高校3年生のデータが少なかったので、ここでは高校2年生のものを引用しています。この表から、以下のことが言えます。

  1. まず、構文解析について。AI の正答率が80%程度であることを考慮すると、構文解析については、全国の中高生は「AI 並み」です。
  2. 次に、AI より優位に立てるはずのその他の4形式の問題について。同義文判定では十分な正答率(70〜80%)が得られたものの、推論、イメージ同定、具体例同定については正答率が低い

従って、推論、イメージ同定、具体例同定の能力を、中高生の学校教育課程で伸ばしていくことが重要になってきます。

まとめ

結論として、「AI にできないことは、ほとんどの中高生にもできない」。これが今回の調査結果でした。事実は事実として、受け止めないといけません。

その上で、今後、基礎的読解力をどう伸ばしていけばいいのか?

これについては、残念ながら結果が保障された解決策は未だ見つかっていません。本をもっと読めばいいのかというと、そういうわけでもないようなのです。東ロボくんプロジェクトチームによると、たとえば読書量と読解力との間に相関はありませんでした。

東ロボくんプロジェクトのメンバーで上記『AI vs. 教科書の読めない子どもたち』の著者、新井紀子さんの体験的な感覚では、ただの読書ではなく、「精読」に解決のヒントがあるかもしれないとのこと。

その他、学校全体で基礎的読解力調査の問題を作成したり、それらに基づいて教え方を議論した学校で、急激な読解力向上が見られた例もあるそうです。

最後にぼくの個人的な考えですが、日頃からよく考える習慣(理解しようとして読む・聴く習慣)、語彙力の強化、教師との適切な問答、などが読解力向上につながるのではないかと考えています。

最後までお読みいただきありがとうございました。

参考文献

新井紀子『AI vs. 教科書の読めない子どもたち』(東洋経済新報社,2018)

Frey & Osborne (2013) The future of employment: How susceptible are jobs to computerization?