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海洋研究開発機構 JAMSTEC)の研究チームらは、イタリア・シチリア島の岩塩鉱山において、極限環境で生息する真核生物およびバクテリアの痕跡を発見した。太古の昔、地中海がほぼ完全に干上がっていた時代の地質環境・生物組成を明らかにする新知見だ。この記事では「地中海塩分危機」と呼ばれる太古の地質イベントの概略と、生物の痕跡を発見するに至った最新の研究手法についてご紹介する。

地中海が干上がった太古のイベント「地中海塩分危機」

はるか昔、地中海がほぼ完全に干上がってしまうという劇的なイベントがあった。今から597~533万年前のことだ。にわかには信じられないかもしれないが、イタリア・シチリア島にある巨大な岩塩鉱山は、かつて地中海が蒸発したことを示すわかりやすい例の一つだ。

実は、このような巨大な岩塩の堆積物は、地中海の海底や沿岸で広く確認されている。下の図で黄色とオレンジで塗られている部分が岩塩の分布域だ。

Source: PEPS by Springer

 

実は、海水を蒸発させていくと、最初に石膏と呼ばれるカルシウムの硫酸塩が析出する。上の図で赤く塗られている部分は石膏の分布域である。その後、さらに蒸発が進んで10倍程度の濃度になると岩塩が析出し、70倍程度まで濃縮されるとカリウムマグネシウム塩が析出する。量比では岩塩が圧倒的に多く、78%程度を占める。

海水の70倍という異常な塩濃度で堆積した岩石

今回、海洋研究開発機構 (JAMSTEC)の研究チームらは、カリウム-マグネシウム塩からなる岩石を地上で採取できる場所、イタリア・シチリア島のレアルモンテ岩塩鉱山を調査した。下の写真が代表的な露頭である。

Source: PEPS by Springer

 

茶色く見えている層が海水の70倍の塩濃度で堆積したカリウムマグネシウム塩からなる岩石、下の灰白色の層が石膏と岩塩からなる層である。研究チームは茶色い層から下の写真のようなサンプルを複数個採取した。

Source: PEPS by Springer

 

写真の上側(outer)は外側に露出していた部分なので不純物が混ざっている可能性がある。地中海が干上がっていた当時の状態を維持しているのは、主に下側(inner)の部分であると考えられるが、比較のため両者の境界部分を集中的に分析した。

不均質な岩石組織と生物の痕跡を示す有機分子の検出

採取したサンプルを解像度の高い元素マッピングで調べたところ、カリウム-マグネシウム塩からなる岩石は非常に不均質であることがわかった。下の図は硫黄(S)と塩素(Cl)の元素マップであり、図の左側が前述のサンプル写真の上側(outer)に当たる。

Source: PEPS by Springer

 

硫黄(S)の元素マップを見ると、黄色、薄い青色、濃い青色の、主に3種類の物質からなる岩石であることがわかる。元素マッピングに加えて、図中の×印の場所ではさらに詳細な分析を行った。

その結果、黄色(2-1)はレオナイトという鉱物、薄い青色(2-2)はカイナイトという鉱物、濃い青色(2-3)は岩塩であることがわかった。岩塩の分布は、塩素(Cl)の元素マップを見るとよくわかる。赤色の部分だ。

レオナイトもカイナイトもカリウム-マグネシウム塩であるが、注目すべきは、カリウム-マグネシウム塩からなる岩石の中にも岩塩が存在していたという事実だ。どういうことかと言うと、カリウム-マグネシウム塩が堆積するような極限環境の塩水(海水の70倍の塩濃度)の中にあって、そのごく一部は岩塩が堆積する程度の比較的濃度の低い塩水だったことがわかったのである。このような塩水の分離を、密度成層と呼んでいる。

密度成層の存在を示唆したことが、今回の研究の最重要ポイントだ。カリウム-マグネシウム塩のサンプルからは、ガスクロマトグラフィー質量分析法によって、バクテリアの痕跡である有機分子ホパンと真核生物の痕跡である有機分子ステランが検出されたのだが、いずれの生物もレオナイトやカイナイトが析出するような塩水環境では生育できない。

そこで密度成層の存在が重要になる。海水の70倍の塩濃度という極限環境にありながら、わずかに塩濃度の低い表層水があったおかげで、その中でバクテリアや真核生物が生き続けていたと考えることができるのである。

今回得られた新たな知見は、地中海塩分危機という地球史における大イベントの詳細に迫るものであり、地中海の深海掘削を含む今後の調査に向けた重要な一歩となった。

参考文献

もっと知りたい人のためのオススメ本

ロバート・ヘイゼン『地球進化 46億年の物語』(ブルーバックス,2014)


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