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堀真一郎『きのくに子どもの村の教育:体験学習中心の自由学校の20年』(2013,黎明書房)
堀真一郎『きのくに子どもの村の教育:体験学習中心の自由学校の20年』(2013,黎明書房)

「きのくに子どもの村学園」という、ちょっと変わった名前の学校のことを聞いたことがあるでしょうか。

上の写真のような本も出版されていて、いま日本で注目されている学校の1つです。

 

学校法人きのくに子どもの村学園は、英国サマーヒル校(Summerhill School)をモデルに設立された自由な校風の各種学校(認可校)で、日本で25年近くの経営実績があります。

自由な校風の学校は学力の維持が難しく、英国でも日本でも社会的に受け入れられないケースが多いのですが、きのくに子どもの村学園は学力面でも高い実績を残してきました。

いったいどんな教育が行われているのでしょうか。

 

きのくに子どもの村学園の教育方針、実践内容、学校環境などを学びたいと思い、昨年(2016年)の6月に、系列校である南アルプス子どもの村小学校・中学校(山梨県南アルプス市)を見学させていただきました。

この記事では、きのくに子どもの村学園に共通する教育哲学・教育方針と、実際に見学に行って見てきた南アルプス校の様子をご紹介したいと思います。

きのくに子どもの村学園の5つの校舎

学校法人きのくに子どもの村学園の設立は1992年で、現在は日本各地とスコットランドに5つの校舎をもっています。

2016年6月時点での各校舎の概略は以下の通りです。

  • きのくに子どもの村(和歌山県):生徒数約250人。高野山のふもとにあり、7割は寮生活。
  • かつやま子どもの村(福井県):閉校した公立学校の校舎と土地を使って開校。生徒数は約90人。
  • 北九州子どもの村(福岡県):生徒数20人でスタートしたが3年後に10人を切ってしまった。既存の子どもの村から職員を派遣し、経営を立て直した。今は生徒数100人くらい。
  • キルクハニティ子どもの村(スコットランド):90年代に閉校になったキルクハニティ・スクール(スコットランド版のSummerhill school)を子どもの村学園が譲り受けて開校。
  • 南アルプス子どもの村(山梨県・今回訪問した学校):小学校として2009年開校、7年目。中学は2012年から。各学年の定員は20人で、小学校から中学校まで9学年の合計は約180人。寮生と通学生の比率がだいたい1:1。職員数は、常勤20名、非常勤10名の合計30名。

きのくに子どもの村学園の教育理念

まず、子どもを幸福にしよう。すべてはそのあとに続く。

きのくに子どもの村学園の教育理念を一言で表したこの言葉は、英国Summerhill schoolの創立者A・S・ニイル(A. S. Neill)によるものです。

 

子どもの村学園の学園長、堀真一郎氏は、ニイルの著書を翻訳し日本に普及させた教育学者です。

その過程でニイルの教育理念に触発され、日本で子どもの村学園を設立することになりました。

 

精神分析を教育に取り入れた子ども目線の教育がニイルの特徴です。

ニイルはスコットランド人ですが、母国のスコットランドでは独自の教育理念が受け入れられず、ロンドン北東に位置するサマーヒル(Summerhill)に学校を建てました。

 

また、きのくに子どもの村学園は、教育思想家であり哲学者であるジョン・デューイの教育理念も取り入れています。

知識を覚えるのではなく、知識を作り出すのが教育である。

このような考え方がデューイの特徴です。

 

ニイルとデューイの思想を土台として設立されたきのくに子どもの村学園には、一般校と比べて「ないもの」が多くあります。

 

例えば、宿題、テスト、チャイム、教室の壁がありません。

「先生」という呼び方もありません。

 

反対に、一般校になくて、きのくに子どもの村学園にだけあるものもあります。

例えばお菓子です。

生徒にとっては嬉しいですね。

自由な子どもを育てることが目標

きのくに子どもの村学園が掲げる教育目標、すなわち「なってほしい子ども像」は、一言で言うと「自由な子ども」です。

きのくに子どもの村学園が考える「自由な子ども」には、3つの側面があります。

  1. 自由な感情
  2. 自由な知性
  3. 自由な人間関係

順番に詳しく紹介していきたいと思います。

1. 自由な感情

自由な感情とは、言い換えると「自己肯定感」です。

「自分は自分でいいんだ」と、自分を受け入れられている状態です。

自己肯定感をもった子どもたちは、よく笑うことができます。

 

「自分は自分でいいんだ。」

今はそのように思える子どもが少ないです。

そして、自信のない子どもが多いです。

一度失敗すると、失敗したという事実に打ちのめされてしまいます。

なぜでしょうか。

 

おそらく、大人に問題があるのです。

たいていの子どもは、大人の期待に答えたいと思っています。

そして、実際に答えながら育ってきています。

「よくやったね」とほめられるから、ほめてもらうためにがんばります。

 

しかし親は、ほめるだけで終わりません。

「よくがんばったね。次はこれもやってみよう」などと、ほめると同時に次の課題も出してしまいます。

これは、子どもにとっては「できなかったところ」を指摘されることにほかなりません。

 

子どもは、親が無情にも出した新たな課題に対しても、ほめられたくてまたがんばります。

本当に、大人として心が痛いことですね。

悲しいことに、子どもががんばればがんばるほど、その結果もっと難しい課題が降りかかってきます。

そして悪循環に陥ります。

 

ほめことばの裏にある否定的な面を受け取り続けた子どもは、やがて劣等感をため込んでしまいます。

そして、失敗を恐れるようになるのです。

 

子どもの村学園では、「人がどう思うかではなく、あなたはどう思うか。」を大切にしています。

「あなたの考えはどうなのか。」

大人に「いい顔」をし続けてきた子どもは、このような環境に置かれるために、だんだんと「いい子像」を壊し始めます。

そうすると、悪い言葉も口から出るようになります。

しかし、それが感情の開放のプロセスだと、きのくに子どもの村学園は考えます。

 

やがて、気難しい子が良く笑うようになります。

特に、失敗したときの反応が変わります。

失敗を笑い飛ばせるようになるのです。

2. 自由な知性

きのくに子どもの村学園が考える自由な知性とは、好奇心、問題に気づく感性、柔軟な思考、などの言葉で言い換えることができます。

「子どもたちに知的な自由を身につけてほしい。」

これがきのくに子どもの村学園の願いです。

 

例えば、「習っていないからできない」というのは知的に不自由な子どもです。

本来、子どもは自ら学べる存在なのです。

 

きのくに子どもの村学園は、基本的に、「人はもともと良く生まれている。」と考えます。

しかし、世間一般ではそうではありません。

「人は悪いものとして生まれてくるので、大人が直してあげなければならない。」

このような考えが根底にあるから、大人が子どもを引っ張ろうとします。

 

きのくに子どもの村学園では、大人が子どもを引っ張ることはしません。

大人の存在は、子どもを取り巻く教育環境の1つに過ぎないと考えます。

大人から子どもに、一方的に教えることはありません。

だから、「授業」という言葉も使っていません。

3. 自由な人間関係

きのくに子どもの村学園が考える「自由な人間関係」とは、適切に自己主張ができて、一緒にいるのが楽しい、そんな人間関係です。

子どもたちに、社会的な自由を身につけてほしい。

 

1番目の「自由な感情」でも触れましたが、きのくに子どもの村学園は、「あなたの考えはどうか。」と子どもに問う学校です。

ですから、子ども自身が自分で考え、自分で決めます。

 

今の社会は、自分で考えることがあまり求められない社会になっているのではないでしょうか。

何かに従う。

誰かに決めてもらったことをする。

 

しかし、きのくに子どもの村学園では、今日何をするか、来週何をするかを、自分で決めなければなりません。

ここでは小学校の時から、自分で決めることを学んでいます。

 

そして、「みんなで何か1つのことを成し遂げる」ということを大切にしている学校です。

これは、「みんなの中にいる自分」を意識するための訓練です。

どういう意味か、これにはもう少し詳しい説明が必要だと思います。

 

自分を意識することなく集団の中に入れられた子どもは、多くの場合、劣等感を感じています。

他の子どもと自分を比較して、自分のできないところに目を向けてしまうからです。

そして、自分の優れている部分、みんなの役に立てる部分には、なかなか気づくことができません。

しかし、そうではなく、「自分はこんなことで役立てる。」とか、「自分の力はこの部分で活かせる。」ということに、子どもたちは気づいていくべきです。

 

このような気づきは、「みんなの中にいる自分」を意識することで、だんだんと育ってきます。

みんなとは違う自分。

だからこそ役に立つことがある。

このような気づきを与える機会として、「みんなで何か1つのことを成し遂げる」という活動がとても重要になります。

子ども中心・体験重視という教育原則

きのくに子どもの村学園には3つの教育原則があります。

  1. 教師中心主義ではなく、子どもの自己決定権を尊重する
  2. 画一的な教育から個性化教育へ
  3. 書物中心主義から体験学習重視へ

教育原則についても、1つずつ見ていきたいと思います。

1. 教師中心主義ではなく、子どもの自己決定権を尊重する

何事も大人だけで決めることをせず、子どもと大人で相談して決めるのが原則です。

子どもたちに自由な選択をさせるためです。

 

しかし、「何でもしていいよ」というわけではありません。

それではかえって不自由になるからです。

 

きのくに子どもの村学園では、適度な選択肢を子どもたちに与えます。

選択肢は、2つでは不自由です(自由度が低い)。

多くの場合3つの選択肢を用意し、4つ目の選択肢として「自分で決める」という選択肢を残します。

 

そして、大人は子どもの活動を見ているだけで、ほとんど口出ししません。

例えば目玉焼きを作るとき、油をひいてなくても、火が強すぎても、大人は口をはさみません。

そうすると、だいたいは自分で気づきます。

言うとしても、「何か煙いかなー」くらいだそうです。

 

同じように、子どもが作った机が斜めになっていても、子ども自身が気づくまでは何も言いません。

気づくことが教育だと考えているからです。

「こうすればうまくいくのに」ということはいっぱいあるでしょう。

でも、あえて口にしないのがこの学校のやり方です。

けっこうな忍耐力が必要です。

2. 画一的な教育から個性化教育へ

きのくに子どもの村学園の2つ目の教育原則は、「みんながバラバラなことをしていて良い」です。

一斉授業のような画一的な教育方法をとらず、子どもたち一人一人に注目します。

この学校には「基礎学習の時間」というのがあるのですが、その時間も、子どもたちはそれぞれ違うことを勉強しています。

3. 書物中心主義から体験学習重視へ

きのくに子どもの村学園の3つ目の教育原則は、「本物を大事にすること」です。

本物(実物)に関わって、社会の中で生きるすべを身につけてほしい、という願いがあるからです。

 

本物は、壊れることもあるしカビが生えることもあります。

それが現実の世界です。

書物の中の世界と現実は違います。

現実を知る子どもたちを育てるために、本物に触れることができる体験学習を重視するのです。

 

また、体験学習ではたくさんの人と関わることになります。

農場体験も、家づくりも。

書物からは得られない、人と関わる中で得られる喜びを学ぶことができるのも、体験学習の魅力です。

学年横断型のプロジェクト授業

さて、これまできのくに子どもの村学園の教育目標や教育原則について見てきましたが、ここからはいよいよ実際に見学に行ったときの様子をお伝えしたいと思います。

 

きのくに子どもの村学園のカリキュラムには、とても大きな特徴があります。

それは、教科学習のほかに「プロジェクト」と呼ばれる学年横断型の学習時間があることです。

小学校なら1年生から6年生まで、中学校なら1年生から3年生まで、全学年混合で行う学習です。

全体のカリキュラムのうちの、実に6割程度を占めており、プロジェクトが教育課程の中心になっています。

 

私が見学に行った南アルプス校で実施しているプロジェクトは以下の通りです。

人数は各20名程度です。

小学校

  •  クラフトセンター(大工しごと)
  •  おいしいものをつくる会(お料理)
  •  むかしたんけんくらぶ(衣服や住まいの歴史研究)
  •  劇団みなみ座(表現活動)
  •  ふるさと新聞社(表現活動)

中学校

  • くらしの歴史館(調査と本の出版) ※いわゆる文系クラスです。
  • ものづくり研究室(工学系) ※いわゆる理系クラスです。
  • ゆきほたる荘(伝承文化の研究)

 

実際に見学してみると、プロジェクトの時間はとても賑やかで、休み時間かと思うくらいでした。

みんな、自分の選択したプロジェクトの活動部屋に自分専用の机を持ち込んでいます。

1年間そこが自分の居場所になるそうです。

 

にぎやかに話し合っているグループもあれば、ひとりで考え込んでいる子もいます。

床に座り込んで本を読んでいる子もいるし、PCで一生懸命に「原稿」を書いている子もいました。

 

ちなみにこの学校では、子どもが作成する文書のことを、「レポート」ではなく「原稿」と呼んでいました。

何をやるにも「本物を作ること」を学ばせるのが、きのくに子どもの村学園のモットーだそうです。

 

「本物」とは何でしょうか。

この場合の本物とは、「お金を払って買う人がいる」ということです。

文章を書くなら、本を作って売る。

売れるくらいのレベルでないと本物とは言えない、という考え方です。

 

だから子どもたちは、「レポート」ではなく「原稿」と呼んでいます。

原稿を書き、本をつくり、本を売る。

そしてそのお金で修学旅行に行くのだそうです。

修学旅行は次の執筆のためのリサーチも兼ねています。

 

見学した日は部屋の中で活動していましたが、外に出かけることも多いそうです。

どのプロジェクトにもマイクロバスを運転できる大人が付いていて、気軽に外に出られます。

きのくに子どもの村学園は、学校だけで学ぼうとしません。

 

今週何をやるか、どこに行くかは、子どもたちが自分で決めます。

一週間の計画表が各プロジェクトの教室のホワイトボードに書かれていました。

教科書にしばられない教科学習

プロジェクト以外の、教科学習の時間も見学しました。

教科書は普通の文部科学省検定教科書を使っていました。

お話を聞くと通常の使い方とはだいぶ異なるみたいですが、少なくとも机の上や棚には置いてありました。

数学や理科では部分的に教科書を使うそうですが、英語や社会などほかの科目ではあまり使わず、学習のほとんどを独自の手作り教材で進めているそうです。

 

きのくに子どもの村学園では、教科書の学習範囲全体をまんべんなく学ぶ、ということはしていません。

教科の先生の精通した分野を中心に、トピック的にいくつかの学習テーマを取り出し、深く掘り下げて学習します。

 

例えば南アルプス校の社会科では、憲法や平和教育に力を入れているそうです。

「何を教えるかは、教師にとって一番考えるのが楽しいこと」と現場の先生が言われていたのが印象的でした。

おわりに

いかがでしたでしょうか。

自由な校風を目指し、それを実践し続けるきのくに子どもの村学園。

「まず、子どもを幸福にしよう。すべてはそのあとに続く。」というニイルの言葉の正しさは、南アルプス校を見学させてもらう中で実感することができました。

 

本当の意味で「自立した子ども」を育てるには、決定権を子どもに持たせること、待ってあげること、本物を体験させること、がとても大切だと思いました。

1人の現場の教師として、教育に生かしていきたいです。

長い文章を最後まで読んでいただきありがとうございました。

参考となる図書

 

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