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泣いているように見える子どもの像

子どもは本来、いろんなことに興味があって、やる気がみなぎっていて、もっともっと挑戦したいと思っています。

 

こんなことを聞くと、「え、そうなの?」と思いますか?

中学生や高校生のお子さんのいる親御さん、または学校の先生は、どう思っているでしょうか。

 

「確かに小学校に入学したころはそうだったかも……。」

こんな感想かもしれないですね。

 

目の前の子どもたちは、もしかしたらやる気がみなぎっているようには見えないかもしれません。

でも、それは本来の姿とは違うものです。

 

親や先生が何気なく発する否定的な言葉を受け取って、だんだんと本来の姿が隠れてしまったのです。

否定的な言葉。

 

否定的な言葉ってなんでしょう?

普段、私たち大人が何気なく使っている言葉には、実は否定的な言葉がとても多いのです。

そして、その何気ない一言が子どもへのダメージとなり、ダメージが蓄積されて、やがて子どもたちの輝きを奪っていきます。

 

だから、私たち大人は、自分の否定的な言葉を自覚しなくてはなりません。

自覚して、そして改善していく必要があります。

 

そのために、否定的な言い方を具体的に見ていきたいと思います。

足まで写っていれば

ある日の校外学習。

先生が校外学習の様子を撮影していると、カメラが好きな生徒が来て、自分が撮りたいと言ってカメラを持って行きました。

 

写真は学校のホームページや卒業アルバムに使うため、先生としてはちょっと心配です。

でも、その先生は生徒に任せました。

 

校外学習が終わって学校に戻ると、生徒は撮影し終えた写真を持ってきてくれました。

そして、カメラのモニターで1枚の写真を見せて、嬉しそうに言うのです。

「これが僕のベストショットです!」

 

写真を見た先生はこう言いました。

「足まで写っていればよかったなー。おしいなー。」

 

これ、まったく普通の会話ですよね。

 

その写真はちょっとした集合写真だったのですが、前列の人の足が切れていたのです。

確かに、卒業アルバムに使うには「おしい」写真でした。

 

この写真、生徒が「ベストショット」というだけあって、みんないい笑顔でした。

だから、先生はなおさら「おしい」と思い、それをそのまま言葉にしました。

 

さて、これが否定的な言葉の例です。

 

???

多くの人が、「これのどこが否定的なのだ」と思うのではないでしょうか。

最初に足りないところを指摘した先生

先生の言ったことは、まともで建設的な意見です。

生徒もこれを聞いて、自分のおしかった部分を自覚し、次はもっといい写真を撮るでしょう。

ですから、教育的効果もばっちりです。

 

この発言のどこがいけないのか。

それは、最初に足りないところを指摘している、という点です。

 

足りないところを指摘するのは特に悪いことではありません。

着目してほしいのは、足りないところを「最初に」指摘している、という点です。

どういうことか説明していきたいと思います。

 

この写真は足の部分が切れていて、確かに不十分なものでした。

しかし、それ以上に、素晴らしい部分があったはずなのです。

その1つが、いい笑顔です。

 

生徒は「ベストショット」だと言いました。

彼は、理由があってそう言ったのです。

みんな最高の笑顔で写っていて、その笑顔を見て、「ベストショット」だと言いました。

 

先生はまず、その写真のいいところに着目すべきでした。

アドバイスをするのはその後でいいのです。

生徒の喜びを、まずは一緒に喜んであげるべきだったと思うのです。

 

最初にいいところを見つけて、その後に、必要ならば足りないところを付け加えればいいのです。

例えばこんな対話が考えられます。

 

「これが僕のベストショットです!」

「おおー、すごいね! みんな最高の笑顔だね!」

「そうなんです。何枚か撮って、これが一番いい笑顔でした。」

「いいねー。あのさ、卒業アルバムで使うのにね、足の方まで撮れてると助かるんだよな。」

「あーなるほど。わかりました!」

 

最初の対話と比較してみましょう。

 

「これが僕のベストショットです!」

「足まで写っていればよかったなー。おしいなー。」

 

言っている内容は同じですよね。

でも、子どもの受けるダメージは大きく違います。

共感され、認められ、受け入れられた後のアドバイスは、ダメージではなく本当のアドバイスになります。

 

でも、それらがないアドバイスは、正論であってもダメージとなります。

正論に満足している大人は、それに気づくことがありません。

生徒の立場から

さて、このように先生は、自分の言葉に込められた否定的な面に気がつきません。

では生徒はどうでしょうか。

生徒の立場からも考えてみましょう。

 

生徒も、実は多くの場合、大人の発言に潜む否定的な面に気がつかないのです。

気がつかないうちに、ダメージだけが蓄積していくのです。

 

だって、子供にとって先生の言うことはとてもまっとうで、その通りなのです。

「あー、確かにそうだなー。足まで写っていればもっと良かったな。おしい。」

素直な生徒は、こんな風に思うでしょう。

 

でも、ここで生徒の気持ちをもう少し考えてみたいのです。

 

なんだか、ちょっとさみしい。

 

生徒に自覚はないかもしれません。

心のどこかにそっと残るような、そんなさみしさです。

 

自分のベストショットだった。

先生にも喜んでもらえると思った。

いい写真が撮れて満足していた。

単純に、気分が良かった。

 

校外学習をこんな気分で終えた一人の生徒が、先生に写真を見せた後、どんな気分に変わったのか。

 

想像すればわかると思います。

「なんだか、ちょっとさみしい」のです。

 

この生徒は、次も写真をがんばって撮ってくれるかもしれません。

そして、もっと上達するかもしれません。

次は先生が喜ぶ写真を撮ってくれるでしょう。

 

でも、このとき受けたちょっとしたダメージは、確実に蓄積されたのです。

 

ほとんど気がつかないこういう言葉に、大人はもっと敏感にならなければならないと思います。

 

ダメージが蓄積すると、だんだんと生徒のやる気がなくなっていきます。

何かをやりたいと思う意欲が、徐々に失われていくのです。

 

写真好きだった生徒が、写真を撮らなくなるかもしれません。

否定的な言葉は、本当に恐ろしいです。

 

さらにダメージを受けた生徒は、やがて素直にアドバイスを聞かなくなります。

これ以上傷つきたくなくて、本能的に回避しようとするからです。

傷つきたくなくてがんばる生徒

さみしそうな子どもの像

話を少し拡大しますと、真面目にがんばっている生徒でも、その多くが、実は「傷つきたくない」という動機でがんばっています。

がんばって実力をつければ、不当なアドバイスに傷つかなくて済むからです。

 

ですから、がんばっているからといって、正常なやる気があると思ってはいけません。

多くの場合、傷ついた末の、押し込められた姿なのです。

 

やる気がない生徒、反抗する生徒、真面目にがんばる生徒。

皆がそれぞれ、否定的な言葉の影響を受けて育った結果だということを、覚えておかなくてはなりません。

 

今の大人たちも、そうですよね。

傷ついて育った大人たちが、今の社会を動かしています。

 

子ども時代の傷を自覚しましょう。

自分の否定的な言葉を自覚しましょう。

そして、次の世代の子どもたちには、傷を与えないようにしましょう。

ではどうすればいいの?

これまで1つの対話を例に挙げて、大人の発言に込められた否定的な面を見てきました。

それでは、私たち大人は、子どもたちにどう接するべきでしょうか。

 

上記の流れを踏まえて、「ほめる」ということが解決策だと思われる人がいるかもしれません。

もっと子どもをほめるべきでしょうか?

 

私はそうは思いません。

「ほめる」のではなく、「共感し、感謝し、尊敬する」ことが必要だと思っています。

 

「いい写真が撮れたね、えらい!」

これはほめる言葉です。

 

ほめるというのは、上の立場にある人が下の立場にある人を評価する、という状況です。

ですから、ほめられて育った子どもは、大人という権威から認められることが人生の目的になり、やがて大人に支配されてしまいます。

大人の目を伺い、上司の目を伺い、彼らに依存して生きていくようになります。

 

一方、「共感し、感謝し、尊敬する」というのは、例えばこういうことです。

 

「お、いい写真だね。」

「いい笑顔だねー。みんなめっちゃ笑ってる。」

「これ卒業アルバムに使えるよ、ありがとう。」

「代わりに撮ってくれて助かったよ!」

「お前センスあるんだな。すごいじゃん。」

「才能あるから、ちゃんとカメラがんばってみたら?」

 

なんだか一見するとほめてるみたいなんですが、ちょっとニュアンスが違います。

3つの中で一番わかりやすいのが、「共感する」ではないでしょうか。

 

ほめるのではなくて、一緒に感動を分かち合うのです。

いいとも悪いとも言わない。

ただ、気持ちを共有します。

 

ですから、失敗して落ち込んでいる生徒にも、「失敗じゃないよ」とか言わない。

無理やりいいところを見つけてほめたりしない。

失敗は失敗として受け入れなくてはいけないし、落ち込んでいる気持ちも大切にしないといけない。

 

ほめることと共感することの違い、なんとなくおわかりいただけたでしょうか。

 

なお、アドラー心理学のエッセンスをまとめた名著『嫌われる勇気』(岸見一郎・古賀史健,2013)にも、「ほめてはいけない」というアドバイスがあります。

『嫌われる勇気』の詳細についてはこちらの記事もぜひご参照ください。

おわりに

いかがでしたでしょうか。

 

子どもたちは大人の言葉に大きく影響されます。

それは、子どもたちが素直で、大人の言葉を受け入れようとしているからです。

 

そんな無防備な子どもたちを、否定的な言葉で傷つけないようにしましょう。

 

先日、保育園のクリスマス発表会を見に行きました。

保育士さんが何か言うたびに、「はーい」と大きな声で返事をする園児たち。

その子たちを見ながら、うちの学校の生徒を思い出しました。

 

うちの学校の生徒は、中学生でも高校生でも、「はーい」と大きな声で明るく返事をしてくれます。

保育園児の心を持ったまま大きくなったのかな?

いやいや。

悪い意味じゃなくて、純粋に元気に育ってくれているんだなあと、嬉しくなりました。

 

子どもたちが押し込められて、窮屈に生きなくてはならないとしたら、学校教育は失敗ですね。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

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