これから独立しようと思っているビジネスマン、起業家、芸術家の人たちにとって、「独立する意味」というのは重要です。

  • 自分は本当に独立するべきなのか。
  • 独立することにどんな意味があるのか。
  • 場合によっては思い留まった方がいいのではないか。

などなど。

 

だから、独立を考えている人は、自分自身が深く納得できる「独立する意味」というのを持っている必要があります。

後悔しないためにも。

独立を最重要視した思想家、内村鑑三

いきなりですが、内村鑑三をご存知でしょうか。

明治時代の傑出した思想家(キリスト教思想家・伝道者)で、『代表的日本人』『余はいかにしてキリスト信徒となりしか』などの著書は、現在でも多くの人に読み継がれています。

内村鑑三『代表的日本人』.
内村鑑三『余はいかにしてキリスト信徒となりしか』.

 

ちなみに旧五千円札の肖像、新渡戸稲造(国際連盟事務次長、東京女子大学初代学長)とは札幌農学校時代の同期であり、生涯を通じて親しい友人でした。

 

その内村鑑三。

ぼくは、内村は誰よりも「独立」を大切にした思想家だったと思っています。個人レベルでも、組織レベルでも。

内村の著書『余はいかにしてキリスト信徒となりしか』から、彼の「独立」に対する見解を引用したいと思います。

独立とはその人自身の能力の自覚的実現であります。これこそが人間の活動分野において他の多くの可能性を実現するもとであると私は信じます。これこそが、いかなる独立であれ、その最もふさわしく深い見解です。(『余はいかにしてキリスト信徒となりしか』118ページ)

内村は「独立」を指して、「その人自身の能力の自覚的実現」と言っています。

自分自身の能力を自覚して、それを形として実現すること。

つまり、人は独立するまで、本当の意味で自分自身の能力を知ることができないのです。自分がどこまでできるのか、どんな能力があって、実際にどんな成果を出すことができるのか。

 

内村はこのことを次のような言葉で表現しています。

みずからに頼る道を知る人にして、はじめてみずからが実際にはどれだけなしうるかを知る人となります。(同117~118ページ)

みずからが実際にはどれだけなしうるかを知る」ということが、内村にとって、またぼくらにとって、とても重要なわけです。

独立は全ての人にとって重要な意味を持つ

自分は何者なのか。

どんな才能を持っているのか。

何を果たし得るのか。

 

これらの問いは、独立・起業を目指す人だけに関係するものではありません

この世に生まれてきた全ての人間が問うべき質問です。

 

また、キリスト信徒にだけ関係するものでもありません。

例えば世界的に有名な版画家の小松美羽さんも、「自分は何者で、何を果たし得るために生きているのか」ということを真摯に考え抜いた人でした(参考:小松美羽『世界のなかで自分の役割を見つけること』)。

小松美羽『世界のなかで自分の役割を見つけること』.

 

そして、「自分が何者であって、何を果たし得るのか」という問いに答えるには、多かれ少なかれ「独立」することが必須になってきます。

組織や他者に依存していては、【あなた自身が】どこまでなし得るか、わからないからですね。

 

ここまでは個人レベルでの「独立」について。

組織レベルでの独立について

別の箇所で、内村は組織レベルでも独立の重要性を強調しています。

本文を引用する前に、ちょっと話の背景を説明しますね。

 

札幌農学校卒業後、内村らは国外宣教師の教会(教派)から独立して自分たちの教会を建てようとしたのですが、そのとき、学生時代に所属していた教会から反対に遭いました。

何と、それまでに所属していた教派に対して「反抗をはかった」とする見方があったのです。以下、それを受けての内村の言葉。

それ(内村らの教会の独立)は私たちの目ざす大いなる目的に達するための、一つのささやかな試みでありました。すなわち、私たちが(カミより授けられた)自身の力と可能性とを十分に自覚するためであり、(以下省略)(同117ページ)

内村は、教会が独立することの意味を、「私たちが自身の力と可能性を十分に自覚するため」としています。

組織の力と可能性も、独立しない限り十分には自覚できないのです。

独立・起業はただの個人主義なのか

ここまで、「独立」の重要性を個人レベルでも組織レベルでも主張してきた内村鑑三の言葉を見てきました。

最後に、「独立を奨励するのは個人主義に傾きすぎなのではないか?」という疑問について。

 

一部の(あるいは多くの)人にとって、独立を志向する人は「社会不適合者」に見えることがあります。

「社会のなかでうまくやっていけない自分を正当化するために、独立を美化しているのではないか。」

「独立を志向するのは、結局は他者と協力できないからではないのか。」

「独立の奨励は個人主義につながるのではないか。」

などなど。

 

果たして、内村は個人主義だったのでしょうか?

独立・起業する人は個人主義に陥っているのでしょうか?

 

ぼくはそうは思いません。

 

最初の方で述べたとおり、独立するのは「自分が何を果たし得るか」を知るためです。世界のなかで。

つまり、社会に対する自分の責任を見出すことに、その目的があるのです

個人主義どころか、むしろより一層深く社会とつながるために、独立が必要なんですね。

 

また、考えれば当然ですが、独立・起業は「独り」でできるものではありません。

協力者やスタッフ、お客さんなど、絶対に(「絶対に」です)他者とのつながりの上に成り立つものです。

 

これらの理由で、ぼくは「独立」を個人主義だとは思いません。そして、「独立」を良いもの(=推奨すべきもの)だと考えています。

(もちろん、組織の中で働くことを否定している訳ではありません。人それぞれ特性が違いますし。)

 

独立してこそ、本当に価値のあるものに自分の能力と時間を投資できるのではないか。少なくともぼくの場合は、組織に【経済的に】依存しているうちは、それができないと思いました。

まだまだだけど、独立・起業する道を選び今歩んでいることを良い選択だったと思っています。がんばります!