※この記事の内容はNASA(アメリカ航空宇宙局)のレポートを参考にしています。
こんにちは。
飛行機も船もヘリコプターも嫌いな渡邉です。
だって、堕ちたり沈んだりしたら、ねぇ。。。
今回は飛行機よりももっともっと危険な宇宙の話です。
テーマは「もし宇宙服を着ないで宇宙に放り出されたら?」
うん、興味が湧いてきますね!
話に入る前に、ちょっとだけイメージしてみましょう。
今、あなたは宇宙船に乗って火星に向かっています。
宇宙船の小さい窓から見える青い地球。
宇宙は真っ暗で、地球からこんなに離れてしまったかと思うととても心細くなります。
あぁ、家に帰りたいな。
ちょっとドアを開けてみよう。
ガチャッ!
・・・・
・・
0秒後:息が吸えなくなる
(ブワーッ! 宇宙船から空気が勢いよく流れ出し、あなたは宇宙空間に放り出されました。)
うわっ!
息ができない!
・・・あれ?
でもそれ以外はわりと普通だぞ。
体が爆発するかと思ってたけど・・・。
落ち着け、落ち着け。
うーん、なんだか口が渇くな。
口や鼻が冷たい。
中の水分が気化しているんだろうな。
そう言えば、皮膚の表面も少しひんやりする。
ああ、なんだか感覚が鈍ってきたみたいだ。
舌先に氷の膜ができてきた。
あ・・・。
【解説】
宇宙船の外に出た途端、あなたは息が吸えなくなります。
空気がないのですから、当然と言えば当然ですけど。
息が吸えないから、肺からはどんどん空気が出て行く。
でも、決して息を止めてはいけません。
肺の中の空気は一気に膨張して外に出ようとするので、息を止めると肺が破裂するのです。
だから、ぜひ口は開けたままにしてください。
口を開けていると、口の中の水分がどんどん気化して温度が下がって来ます。
口とか鼻とか、みずみずしい場所の方が温度が下がりやすく、そういう場所では薄い氷の膜ができることも。
そのほかの場所(普通の皮膚)でも温度低下は起こりますが、気化する水分が少ないのでゆっくりと温度が下がっていきます。
10秒後:意識がなくなる
・・・(シーン。)
宇宙空間に放り出されて10秒ほどで、あなたは意識を失います。
原因は重度の酸素欠乏症。
肺の中の空気が酸素濃度18%未満になると、私たちの体は酸素不足によって様々なダメージを受けます。
これが酸素欠乏症という症状です。
で、酸素濃度が10%未満まで下がると、意識を失ってしまいます。
宇宙は真空なので、酸素はありません。
いえ、そもそも何もないので、何も吸い込めません。
新しい空気を吸い込めないあなたの肺は、中に残るわずかな酸素を使い果たしてしまい、10%未満になって意識不明の重体に。
こうして宇宙に放り出されてから10秒ほどであなたは意識を失うわけですが、この「10秒」という数字にはちゃんと根拠があります。
NASAの『Bioastronautics Data Book』は、動物実験のデータなどから9〜11秒と推定(引用文献3)。
また真空に近い高高度の飛行実験でも、9〜12秒というデータがあるそうです。
ただし、飛行実験のデータはよく訓練されたパイロットや技術者のものなので、一般的にはもっと短いと思われます。
理由は、アドレナリンの放出が酸素を消費するため。
訓練を受けていない普通の人が宇宙に放り出されたら、そりゃもう焦りますよね。
焦って、興奮して、アドレナリン大放出。
すると肺の中の酸素が早く消費されて、より短い時間で意識を失います。
1〜2分後:死亡
酸素の欠乏で意識を失った後、1〜2分後にあなたは死んでいるでしょう。
死因は窒息死。
でも見方を変えれば、1〜2分は生存可能ということ。
これって、すごくないですか?
宇宙で、何もないところで、1〜2分も生きていられるんです。
宇宙服なしであなたを宇宙に放り出しても、1〜2分以内に救助すれば、あなたはやがて意識を取り戻し、生き続けられるのです。
(試したくないけど。。。)
この「1〜2分なら大丈夫」という見解はNASAのレポート(引用文献1)からの引用ですが、研究者によってはもう少し長く生きられると考えている人もいるようです。
『Human Exposure to Vacuum』の著者Landis氏(引用文献2)によると、3分間くらいは大丈夫とのこと。
その根拠は、サルやイヌを使った動物実験。
動物たちの場合、2分間程度真空に放置するだけでは死ななかったそうです。
ですから、あなたも1〜2分よりはもう少し長く、生きられるかもしれません。
(試したくないけど。。。)
減圧症も死因になり得る
死因について、一つだけ捕捉。
窒息によって死に至るよりわずかに早く、減圧症によって死亡する可能性もあります。
時間的には同じようなものですが。
減圧症とは、血管にかかる外からの圧力(気圧など)が急激に下がった時に、血液中に溶け込んでいる窒素が泡になって放出され、血管をふさいでしまう症状です。
その結果、ひどい時には脳梗塞によって死に至ります。
ちなみに宇宙服の中は0.3気圧なので、宇宙船の気圧(1気圧程度)から宇宙服に着替える過程でも減圧症は起こり得ます。
なので、時間をかけて慎重に着替えています。
減圧症は「沸騰」とは違う
「気泡が血管をふさぐ」というと、血液が沸騰するの?と思うかもしれません。
ですが、減圧症で発生する気泡は窒素であり、沸騰とは違います。
- 減圧症→血液中に窒素の泡ができる
- 沸騰→血液中に水蒸気の泡ができる
減圧症のイメージは、これです↓
炭酸水をプシュッと開けた時に出る泡。
この泡は二酸化炭素の泡ですが、現象としては減圧症と全く同じです。
圧力が急激に下がることで、液体中に溶けていたガス(二酸化炭素)が放出されて泡ができたんですね。
死んだ後、どうなる?
さて、あなたは宇宙空間に放り出されてから、
- 0秒後に息が吸えなくなり
- 10秒後に意識がなくなり
- 1〜2分後に死亡
・・・したわけですが、死んだ後はどうなるのでしょうか?
紫外線と放射線がすごい
宇宙空間で太陽の光を直接浴びると、強烈な紫外線と放射線によって深刻なダメージを受けます。
もちろん宇宙船から出た瞬間に太陽光を浴びていれば、生きている間からひどい日焼けと放射線被ばくに悩まされるわけですが、その辺のタイミングは場合によるでしょう。
体が2倍に膨れる
『Human Exposure to Vacuum』(引用文献2)によると、宇宙空間に放り出された体は約2倍に膨れるということです。
背が2倍とか、横幅が2倍とかじゃないですよ。
体積で2倍になるわけなので、背や横幅はそれぞれ1.3倍程度です。
それでも相当な大きさですよね。
ただ、これだけ膨らんでも体が破裂することはありません。
血管や皮膚はその程度の伸びに耐えられるようにできているのです。
表面は乾燥、中は凍結
体の表面はだんだんと乾燥していきます。
皮膚の水分が気化していくためですね。
そして、気化熱(あるいは昇華熱)の放出によって温度はどんどん下り、やがて体の中は凍結します。
※昇華熱とは、氷が直接気体になる時に奪われる熱のことです。
宇宙と同じ真空を経験して生き残った人の話
さて、ここまでNASAの研究レポートを参考にしながら、「もし宇宙服を着ないで宇宙に放り出されたら」という仮説について現実的な予想をしてきました。
じゃあ、実際に宇宙に放り出された人はいるのでしょうか?
はい、いるんです。
実験中の事故で、宇宙と同じ真空を経験して生き残った人の話。
1965年、NASAのジョンソン宇宙センター(テキサス州ヒューストン市)において、宇宙服の実験中に急激な気圧低下が発生。
一人の技術者が宇宙と同じレベルの真空にさらされました。
その技術者は12〜15秒で意識を失いましたが、真空にさらされてから30秒後に実験施設内の気圧が回復。
彼は意識を取り戻し、目立った症状はなかったということです。
本文冒頭の「舌先に氷の膜ができたみたいだ」というセリフは、この技術者の証言をもとにしています。
宇宙ほどじゃないけど、真空に近い状態を経験した人の話
もう一人、体の一部だけですが、真空に近い状態にさらされた人がいます。
それが、地上3万1400メートルの超高高度からパラシュート降下を成し遂げたジョー・キッティンガーJr.氏。
1960年のことでした。
キッティンガー氏は、飛び降りてから13分45秒で着地。
降下中に右手グローブの気圧維持装置に事故が発生し、キッティンガー氏は右手のみ真空にさらされました。
彼の証言によると、事故に気づいたのは高度1万3100メートルあたりのとき。
国際線の旅客機の飛行高度が1万メートルあたりですから、それよりも富士山一個分くらい高いところで事故が起きたことになります。
高度1万3100メートルの気温と気圧を計算すると、気温はマイナス約70度、気圧は約160ヘクトパスカル(0.16気圧)です。
【参考】keisan 生活や実務に役立つ計算サイト | Casio
0.16気圧ということはおよそ6分の1気圧なので、真空に比べれば全然マシではあります。
しかし、非常に気圧の低い、真空に近い状態だったことは確かです。
キッティンガー氏の右腕の症状は、
- 体積が2倍くらいに膨れる
- 血流が止まる
- 硬くなる(動かせなくなる)
- ひどい痛みをともなう
というものだったと報告されています。
このように彼の右腕の症状は深刻でしたが、着陸してから3時間後には後遺症なく元に戻ったと言うことです。
都市伝説スペシャル
「もし宇宙服を着ないで宇宙に放り出されたら?」というお話、いかがでしたか?
意外と普通でがっかりしたかもしれませんね。
何となく私たちが想像していたのは、もっとセンセーショナルな(ホラーな?)状況だったと思います。
そこで、逆に「これは起こらないよ」という観点でも少しまとめてみたいと思います。
題して「都市伝説スペシャル」。
体が爆発!(しません)
宇宙に放り出されたら、目が飛び出して、体が膨れて・・・爆発する!
という想像は多いと思います。
でもすでにお話した通り、体は膨れますが爆発はしません。
血管や皮膚がそれに耐えられるからですね。
人間の体内の圧力は普段1気圧に保たれていますが、例えばダイバーは10気圧(水深100メートル)にも耐えています。
人間の体は圧力に対してかなり丈夫にできているのですね。
すごい。。。
ただ、爆発しないとは言っても体は大きく膨れ上がりますし、耳はキンキン痛いはずです。
血液が沸騰!(ほぼ、しません)
宇宙空間に放り出されたら、真空での血液の沸点は超低いから、きっと血液が沸騰するはず!
これは、わりと根拠のある想像です。
実際に、真空に近い0.006気圧ほどで水の沸点は0度になります。
数字だけ見ると、めちゃめちゃ沸騰しそう。
でも、血管の中を流れる血液には圧力がかかっているので、血液が真空並みの低圧条件にさらされることはありません。
血圧、ありますよね。
1気圧よりはだいぶ低いですが、それでも真空に比べればずっと高い。
どれくらいかというと、普通の人なら0.16〜0.10気圧くらい。
血圧の値は120/75などのように表しますが、単位はmmHg(ミリメートル水銀)です。
- 1気圧 = 760 mmHg
ですので、
- 120 mmHg = 0.16気圧
- 75 mmHg = 0.10気圧
などとなるわけです。
じゃあ宇宙に放り出されても血液の沸騰は絶対に起こらないのかというと、実はそうとも限りません(どっちなんだ!?)。
まあ聞いてください。
1気圧での水の沸点は100度ですが、ご存知の通り気圧が下がれば沸点も下がります。
有名な話ですが、富士山の頂上では87度くらいでお湯が沸きます。
さて、体温が37度の時、血液が沸騰し始める圧力は、
- 47 mmHg = 0.06気圧
ほど。
ここまで下がらないと沸騰しないわけですが、血圧って、低い人だと下は56とかいう場合もありますよね。
だから、「もう死にかけ」というくらいまでものすごく血圧が下がって、血圧が47を切ると、沸騰し始めるのです。
血液が沸騰すると気泡で血管がふさがれるため、脳梗塞などの深刻な症状になることも。
以上を考えると、「血液の沸騰」が死因になる可能性もあながち否定できません。
瞬間凍結!(しません)
宇宙は絶対零度に近い低温だから、宇宙服を着ないで外に出たら瞬間凍結する!
これもありそうな話ですよね。
確かに宇宙のほとんどの場所は、マイナス270度(絶対零度に近い)と言われています。
絶対温度で言うと3K(ケルビン)。
地球上での最低気温の記録が2018年に南極で観測されたマイナス97.8度ですから、宇宙の寒さは計り知れません!
これなら体も瞬間凍結するはず!
・・・ですが。
真空には断熱効果があるので、体温が急速に奪われることはありません。
気化熱は奪われますけど、南極のような寒さは感じないのです。
「温度」というのは物質(原子や分子)の振動の大きさですので、物質が全くない真空ではそもそも温度を測ることができません。
だから、「熱いも冷たいもない」「何もない」と言うのが実際のところです。
(でも、温度はちゃんとマイナス270度なんです。感じないけど。)
繰り返しになりますが、宇宙空間では瞬間的に凍るような「普通の冷たさ」は感じない。
シベリアとか南極では水をこぼした瞬間に凍りますけど、あのようにはならないということ。
それが宇宙空間です。
番外編:あの映画は正しかったのか
この長い記事もいよいよ終わりに近づいてきました。
最後に映画の話。
宇宙に放り出された生身の人間を描いた映画は多々ありますが、映画って正しいんでしょうか。
実はこの記事で参考にしたNASAのレポートも、一般人から寄せられた「映画『2001年宇宙の旅』で描かれていることは本当か?」という質問に答える形で書かれたものでした。
『2001年宇宙の旅』の主人公であるボーマン船長は、ヘルメットなしで宇宙の真空にさらされますが、映画の中では普通に生きていました。
これって合ってる?
さあ、ここまでこの記事を読んで下さったあなたはもうお分かりですね。
NASAのレポートを踏まえれば、ボーマン船長は短い時間だったのでOKということになります。
あと、私の特に好きな映画『インターステラー』では、宇宙飛行士である主人公のヘルメットが割れて中の空気が漏れ出し、呼吸困難で意識を失うシーンがあります。
そして間一髪のところで助けが来て、しばらくしたら主人公の意識が戻る。
これも、OKですね?
「10秒ほどで意識を失う」というNASAの見解と一致しています。
というわけで、意外と映画の内容は正しいようです。
ちなみに私がなぜ『インターステラー』を好きかというと、娘と父親の物語だから。
理工系の父(主人公)が宇宙に旅立った後、父親に似て理工系だった娘は帰らぬ父を待ちながら宇宙開発技術者になりますが、多くの時を超えて劇的な再会を果たします。
そんなストーリー。
ちょっと切ないですが、とてもいい映画です。
・・・私の娘が今3歳。
どんな大人になるのかな。
最後までお読みいただきありがとうございました。
引用文献
- How would the unprotected human body react to the vacuum of outer space? (Submitted June 03, 1997)
- Geoffrey A. Landis “Human Exposure to Vacuum”.
- The Effects of Barometric Pressure in Bioastronautics Data Book, Second edition, NASA SP-3006.
謝辞
下記の画像提供に感謝申し上げます。
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- Gerd AltmannによるPixabayからの画像(宇宙服の写真)
- yunjeongによるPixabayからの画像(炭酸水の写真)
- skeezeによるPixabayからの画像(スカイダイビング)
もっと知りたい人のためのオススメ本
野口聡一『宇宙においでよ!』(講談社,2008)