輝安鉱(愛媛県産)
【輝安鉱】結晶の長さ:12.2cm/愛媛県 西条市 市之川鉱山産/国立科学博物館所蔵(出典:『へんな石図鑑』秀和システム)

硬そうに見えて、爪で傷がつくほど軟らかい

先の尖ったまっすぐな形に、メタリックな輝き。刀剣を思わせるその姿は、見るからに硬そうですね。

ところが、輝安鉱(きあんこう)のモース硬度は2で、実際には指の爪で傷がつけられるほどの硬さしかありません。こんなにも強面(こわもて)なのに、爪にも敵わないなんて残念……。

ちなみに、指の爪のモース硬度は2と3の間くらい。ハサミなど、鋼鉄でできた刃物のモース硬度は5と6の間くらいです。

かつて日本で採れた大型の輝安鉱の結晶は、今も世界的に有名です。産地は愛媛県の市之川(いちのかわ)鉱山で、普通でも長さ20cmから30cm、大きいものでは長さ50cm近くにもなる結晶が採れたそうです。

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輝安鉱が硬そうに見えるわけ

方鉛鉱(アメリカ産)
【方鉛鉱】標本の横幅:11.5cm/アメリカ・ミズーリ州 レイノルズ郡 エリントン近郊 スウィートウォーター鉱山産/国立科学博物館所蔵(出典:『へんな石図鑑』秀和システム)

それにしても、なぜ輝安鉱は硬そうに見えるのでしょうか。もちろん、いかにも金属っぽい表面の輝きは、その理由のひとつでしょう。

しかし、金属のような光沢を持つ鉱物は、ほかにもたくさんあります。「金属っぽさ」という点では、例えば方鉛鉱(ほうえんこう)の色や輝きも、輝安鉱とよく似ています。写真のとおり、形はけっこう違うのですが。

輝安鉱が特に硬そうに見えるのは、おそらく、結晶の表面にたくさん見られるまっすぐな線のせいです。この線は「条線(じょうせん)」と呼ばれていて、結晶が成長するときに、成長の跡として結晶の表面に残されるものです。同じ方向に伸びる条線はすべて平行な線で、互いに交わることはありません。

この条線があるために、輝安鉱の見た目はシャープさが強調されています。そして、こうしたまっすぐで鋭い見た目の印象は、刃物や針など、身近にある硬いものと結びつきやすく、無意識のうちに「硬そう」と思ってしまうのでしょう。

軟らかい鉱物から硬い合金が生まれる

金属活字(鉛、アンチモン、スズの合金)
【活字】印刷に使われる金属活字の例。鉛とアンチモンとスズの合金でできている。活字一つの横幅:3mm/手作り科学館 Exadra(エクセドラ)所蔵(出典:『へんな石図鑑』秀和システム)

輝安鉱そのものは硬くないのですが、面白いことに、輝安鉱のおもな成分の一つであるアンチモンは、硬い合金を作るために利用されています。

輝安鉱は、アンチモンと硫黄でできた鉱物です。輝安鉱はアンチモンの重要な資源であり、そのために日本や世界各地でたくさん採掘されてきました。

さて、そんなアンチモンの使い道のひとつに、活字合金(かつじごうきん)があります。活字合金とは、印刷用の活字(上の写真のような、金属でできた文字のスタンプ)に使われる合金のこと。その成分は、鉛とアンチモンとスズです。割合としては鉛がもっとも多く、例えば鉛75%、アンチモン17%、スズ8%などとなっています。鉛のモース硬度は1 ½と低く、鉛だけでは硬さが足りないため、アンチモンを混ぜて硬い合金にしています。

現在では、本や教科書のほとんどが、コンピューターで作られた印刷用データを元に印刷されていますが、1980年ごろまでは活字を使った印刷方法、すなわち活版印刷(かっぱんいんさつ)が主流でした。

鉱物の解説:輝安鉱(きあんこう)

輝安鉱(群馬県産)
【輝安鉱】標本の横幅:4.6cm/群馬県 甘楽郡 南牧村 砥沢 大黒鉱山産/国立科学博物館所蔵(出典:『へんな石図鑑』秀和システム)

レアメタルのアンチモンは輝安鉱から生産されています。アンチモンの元素記号である「Sb」は、輝安鉱のラテン語名である「Stibium(スティビウム)」からつけられました。また、日本語の鉱物名をつけるとき、しばしば元素名を漢字で書き表しますが、輝安鉱の「安」は、アンチモンを表す漢字です。

かつて愛媛県の市之川鉱山で採れた輝安鉱は、例外的な巨大さでした。そもそも刀剣のように見える柱状の結晶はあまり多くなく、鉱山で普通に見られるのは、細い針状の結晶が寄り集まったものです。

市之川鉱山は1957年に閉山。そこで採れた輝安鉱は、イギリスの大英博物館など、海外の博物館でも大切に展示されています。

鉱物データ「スティブナイト(輝安鉱)」
スティブナイト(輝安鉱)の鉱物学的特性。表中の「鉛灰色(えんかいしょく)」とは、鉛のような少し青みがかった灰色のこと。

もっと知りたい人のためのオススメ本

この記事の内容は、当サイト管理人(渡邉克晃)の著書『へんな石図鑑』からの抜粋です。書籍版もぜひお楽しみください。

『へんな石図鑑』渡邉克晃(秀和システム、2024年)


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