クリスタルの洞窟(ナイカ鉱山)
©︎Alexander Van Driessche / Wikipedia

長さ10mを超えるセレナイトの巨大結晶

洞窟内に林立する半透明の巨大なクリスタル。

写真に写り込んでいる人の大きさと比べると、このクリスタルがどれほど巨大であるかがわかります。

 

長さはおよそ10メートル。

発見された中で最大のクリスタルは、長さ11メートル、直径4メートル、重さ55トンにも達しました。

55トンというのは、言い換えれば「55キログラムの人が1000人」という重さです。

とんでもないですね。

 

このクリスタルは、セレナイトと呼ばれる硫酸カルシウムの結晶です。

ギブスに使われる「石膏」の一種。

「セレナイト」という名前から元素のセレンを連想するかもしれませんが、セレンとは全く無関係で、名前の由来はギリシャ語の「月」を意味する言葉だそうです。

 

それにしても、まるでゲームの世界のようですね。

この洞窟は、メキシコ北部のナイカ鉱山にある「クリスタルの洞窟」です。

 

ナイカ鉱山は鉛、亜鉛、銀などを産出する鉱山ですが、これら金属資源に加えて、セレナイトの結晶も日常的に産出していました。

ですが、「クリスタルの洞窟」のセレナイトは別格。

 

ナイカ鉱山の地下300メートルほどのところで発見されたクリスタルの洞窟は、結晶の巨大さの点で圧倒的であり、日常的に産出していたセレナイト(大きくても1メートルほど)とはまるで次元が違いました。

これまで人類が発見したクリスタル(透明な結晶)の中で、最大級のものと言われています。

 

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異常に暑い洞窟内

このクリスタルの洞窟、実は中の温度が高すぎて簡単には入れません。

気温は58度に達し、湿度はほぼ100パーセント。

 

そのため、洞窟内に入るにはヘルメットやヘッドライトなどの基本的な装備に加え、高温対策のための特殊な装備が必要となります。

具体的には、保冷剤入りのベストを着け、その上から防水スーツを着込み、口元には氷で冷やされた冷気を送るためのマスクを着けます。

手袋とブーツももちろん必須。

 

これだけの装備で臨んでも、中にいられるのはせいぜい20分以内だそうです。

暑すぎて、激しく体力を消耗する。

 

クリスタルの洞窟がこれだけ暑いのは、ナイカ鉱山の地下にマグマがあるからです。

ナイカ鉱山のある「ナイカ山」は約2600万年前の火山活動でできた山で、地下3キロメートルから5キロメートルの深さには、現在でも熱いマグマが溜まっています。

 

そのため、ナイカ鉱山は下へ降りるほどどんどん暑くなる。

クリスタルの洞窟はナイカ鉱山の中でも特に深い地下300メートル辺りに位置しているので、これほどの暑さになるのです。

 

ちなみに東京タワーの高さが333メートル。

地下300メートルというのは、ものすごく深い場所なのです。

元々は地下水で満たされていた

クリスタルの洞窟は、幅10メートル、長さ30メートルほどの縦長の空間。

ちょうどバスケットボールのコートくらいの広さで、そんなに大きくはありません。

 

そして、ナイカ鉱山の他の洞窟と同じく、クリスタルの洞窟の中も、最初は地下水で満たされていました。

写真のような空間が現れたのは、中の地下水をポンプで排出したからなのです。

水が抜き取られたのは1985年のこと。

当時はまだ、クリスタルの洞窟の存在は知られていませんでした。

 

その後、時は経過して2000年。

新しいトンネルを掘削していた鉱山労働者により、クリスタルの洞窟が発見されます。

 

見事なセレナイト結晶を目にした鉱山の管理会社は、盗難防止のため、入り口にすぐさま鉄の扉を設置したということです。

いくら巨大とは言え、宝石でも金属資源でもないセレナイトにこれだけの対応をしたのは、貴重な標本としてコレクターに高値で売れるからですね。

 

実際、鉱山会社にとって大事なのは鉛や銀などの金属資源の方であって、セレナイトの保護にはそれほど積極的ではありませんでした。

鉱山会社は、採算が取れなくなったという理由で、2015年にこの辺りの鉱山の操業を停止。

クリスタルの洞窟は再び地下水に満たされ、セレナイト結晶を育んできた元の洞窟の状態に戻ったのです。

50万年に渡って温度が安定していた地下の熱水

クリスタルの洞窟の巨大結晶は、世界でも他に例がありません。

なぜこれほどまでに巨大なセレナイトができたのでしょうか。

 

その理由は、約50万年という長期間に渡って地下水の温度が54度前後に保たれるという、特殊な地下環境があったからです。

ここで少し、セレナイト結晶の形成過程について整理してみたいと思います。

 

セレナイトの巨大結晶が生えている洞窟は、石灰岩でできています。

まずはこちらの図を見てください。

ナイカ鉱山クリスタルの洞窟の模式図
クリスタルの洞窟ができた地質環境(©︎Albert Vila / Wikipedia

 

図中の左にある緑の丸が、クリスタルの洞窟がある場所です。

石灰岩の地層(灰色とベージュの縞模様)の下に、キノコ型に盛り上がった冷えたマグマ(溶岩)がありますね。

この辺りまで、昔はマグマが上がってきていたわけです。

 

そして、その冷えたマグマのさらに下に、まだ熱いマグマがある。

ここがまだ熱いので、ナイカ鉱山の地下は高温になるのですね。

 

さて、かつての熱いマグマ、キノコ型の部分から、水色の線が何本か伸びています。

これらは、火山のマグマで熱せられた地下水(「熱水」と言います)の通り道。

のちに「クリスタルの洞窟」になった石灰岩の空洞は、この熱い地下水によって満たされたのですが、その地下水には硫黄がたくさん溶けていました。

 

この熱い地下水に対して、地表からは雨水が染み込んで降りてきます。

こちらは言わば、冷たい地下水。

そうして、両者が地下で接することになるのですが、密度が違うために混ざり合いません。

でも、地表からの水には酸素が多く含まれていましたので、酸素だけは冷たい地下水から熱い地下水へと、徐々に広がっていったのです。

 

熱い地下水には硫黄がたくさん含まれていましたので、酸素が加えられることで、硫黄と酸素が結びついて硫酸ができました。

この硫酸とカルシウムが一緒に沈殿して、硫酸カルシウムの結晶ができるというわけです。

 

でも、すぐにセレナイトができたわけではなく、高温の熱水ではアンハイドライト(硬石膏)という別の硫酸カルシウム結晶ができました。

その後、徐々に熱い地下水の温度が下がって約58度以下になると、アンハイドライトが少しずつ溶け出して、セレナイトの結晶が代わりに成長していくようになるのです。

 

そして、クリスタルの洞窟の場所では54度前後の温度が非常に長く(50万年以上)キープされるという、奇跡的な環境が成立しましたので、セレナイトの結晶は延々と成長を続けることができたのです。

これが、クリスタルの洞窟で巨大結晶が成長した理由です。

 

なお、図中の右側の黄緑色の点はもう少し浅い場所(深さ120メートルほど)にあるセレナイトの洞窟ですが、こちらの結晶はそれほど大きくありません。

浅い場所では、地下水の温度低下が速かったためだと考えられています。

 

わずかな場所の違いで、巨大結晶を育む奇跡的な地下環境ができていたのです。

参考文献

場所の情報

もっと知りたい人のためのオススメ本

渡邉克晃『美しすぎる地学事典』(秀和システム,2020)


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