生命誕生の現場、2つの可能性
地球上に最初の生命が生まれたのは、およそ37億年前と言われています。
最初の生命は、一体どんな場所で生まれたのでしょうか。
もっとも有力な候補は、海底にある「熱水噴出孔」と呼ばれる場所です。
海底に染み込んだ海水がマグマの熱で熱せられ、再び海底から吹き出している場所ですね。
潜水艇アルビン号による1977年の探査以来、多くの研究者が海底熱水噴出孔を生命誕生の現場と考えてきました。
でも、生命誕生の現場として有力な候補が、もう一つあるのです。
それは、温泉地帯。
陸上の温泉地帯にできる温かい水たまりが、生命誕生の現場のもう一つの候補なのです。
海底熱水噴出孔の場合、生物に有害な紫外線が海底まで届かず、かつ化学反応に必要な熱エネルギーが熱水から得られます。
そして、熱水に含まれる鉄、硫黄、メタン、硫化水素などの成分が、化学的なエネルギー源として、また生命の構成元素として利用されたと考えられています。
一方、温泉にできる温かい水たまりにもこれらの成分はちゃんと含まれていて、温泉ですから、もちろん熱エネルギーもあります。
ただ、紫外線に関してはちょっと不利。
初期の地球にはオゾン層がなかったので、陸地にはたくさんの紫外線が降り注いでいたからです。
これについては、溶岩や鉱物の表面に開いている小さな穴が、シェルターの役割を果たしたのではないかと考えられています。
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温泉の水たまりが海底よりも有利な点
では、陸地の温泉地帯が海底熱水噴出孔より有利だと考えられている点は、何でしょうか。
もしかしたら、水圧のことを思い浮かべる人もいるかもしれませんね。
確かに、海底の場合にはものすごく高い水圧がかかっています。
仮に3000メートルの深海なら、およそ300気圧。
地上の気圧の300倍に相当します。
でも、例えば細胞のような構造を考えると、細胞膜の内側と外側で同じ圧力がかかっていたら、水圧で押し潰されることはありません。
だから、高い水圧はそれほど問題にはならないのです。
温泉地帯の水たまりが有利な点は、干上がったり湿ったりが繰り返されること。
なぜなら、干上がることで水たまりに溶けた成分が濃縮され、それだけ化学反応が起こりやすくなるからです。
そして再び湿った時には、新しい温水から追加の元素が入ってくるので、それを取り込んで「成長」することができる。
ここで言う「成長」とは、まだ生物ができる前のことですので、小さな分子がより大きな分子になるという意味です。
一方、海底熱水噴出孔の場合、周囲に水が豊富にあるため、生命の素材となる成分が濃縮されにくいという難点があるわけです。
なお、最初の生物が生まれたのは約37億年前ですが、そのころにはすでに陸地がありました。
陸地ができたのは、およそ40億年以上前だと考えられています。
陸から海へ砂や泥が流れ込み、海の底に集積した砂や泥が固まった岩石を、堆積岩と言いますね。
堆積岩は陸地がないとできないわけですが、これまでに発見された最も古い堆積岩の年代が、39億6000万年以上前と見積もられているのです。
ですから、陸地ができたのはそれよりももっと前でなければならず、少なくとも40億年以上前に陸地があったと考えられるわけです。
つまり、最初の生命が誕生するずいぶん前から陸地があったということですね。
こうなってくると生命の陸地起源説が正しそうに思えてくるのですが、まだまだわかりません。
どちらの説も同じくらい可能性があって、研究が進められているところです。
海底であっても温泉地帯であっても、生命の元となるアミノ酸がたくさんできる(あるいは得られる)ことはわかっています。
でも生命誕生の証拠をつかむには、アミノ酸からタンパク質や酵素、遺伝物質などができなくてはならないし、それらが細胞みたいな膜(プロト細胞)の中で守られなくてはなりません。
さらには、できたプロト細胞が自然に分裂して増えて行かなくてはならない。
最初の簡単な分子が徐々にこう言った生命的な機能を獲得していくことを「化学進化」と呼んでいるのですが、そのプロセスの一つ一つを実験で再現しながら確かめていく必要があるのです。
どちらの説も大筋ができているだけで、細部については今後の研究課題です。
私たち生命は何者か、そして宇宙生命探査へ
ところで、生命の起源がわかると何の役に立つのでしょうか。
どんな研究についても、「私たちの生活にどう関係するのか」という点が、多くの人の関心事かもしれませんね。
自然科学ですので、純粋に知的好奇心が満たされるというだけでも、私は十分だと思っています。
だって、人類の誰も知らないことを新たに発見して、人類全体の知識を拡大することになるのですから。
「生命がどうやって始まったか」を知ることは、「私たちはどうやって始まったか」を知ることと同じです。
そしてそれは、「私たち生命とは何者なのか」を理解することにつながり、私たちの生き方や今後の科学技術の方向性を問い直すことにつながっていくでしょう。
とは言うものの、もっと具体的な利点もあります。
生命が深海底で生まれたか、それとも陸地の温泉で生まれたかが分かれば、宇宙生命探査の候補となる惑星がぐっと絞られてくるのです。
どう言うことか、もう少し詳しく説明しますね。
現在、太陽系の惑星や衛星の中で、生命がいるのではないかと予想されている天体には次の3つがあります。
- 火星
- エンケラドス(土星の衛星)
- エウロパ(木星の衛星)
例えば、「生命は海底熱水噴出孔で生まれた」と言う証拠がそろったとしましょう。
そうしたら、太陽系における生命探査の候補となるのは、凍った海の存在が確認されているエンケラドスやエウロパに絞られます。
一方、「最初の生命が温泉の水たまりで生まれた」と言う研究結果がより多く得られたならば、生命探査の候補となるのは、火山活動が確認されている火星に絞られる。
宇宙生命探査の候補天体を絞ることができるなんて、ものすごく役立つ研究だと思いませんか。
経済的な面から見ても、こうした宇宙探査には莫大なお金がかかりますので、候補天体が絞られれば大変な節約になります。
生命の起源に関する研究が、少し身近に感じられるようになったでしょうか。
参考文献
- 日経サイエンス | 深海底の鉱物が育んだ生命(2001年8月号)
- 日経サイエンス | 生命の起源(2009年12月号)
- 日経サイエンス | 生命の陸上起源説(2018年3月号)
- WIRED | 「生命の起源」ついに明らかに? その想像以上にシンプルなメカニズム
- NHK | 謎 私たちはどこで生まれた? “生命の起源”に迫る!
- Miraikan | 物質が生命となった瞬間