紅砒ニッケル鉱(カナダ産)
【紅砒ニッケル鉱】標本の横幅:7.0cm/カナダ・オンタリオ州 コバルト近郊 グレンレイク鉱山産/国立科学博物館所蔵(出典:『へんな石図鑑』秀和システム)

期待に反して銅を含んでいなかった

紅砒ニッケル鉱(こうひにっけるこう)の色は、金属の銅を連想させるやや赤みがかった真鍮色(しんちゅういろ)。いかにも銅を含んでいそうな色だったので、15世紀のドイツでこの鉱物が見つかったとき、人々は「きっと銅の鉱石に違いない」と喜んだそうです。

しかし、期待に反して銅を取り出すことはできず、その上、銅を取り出そうとすると気分が悪くなるなどの中毒症状が出ました。この鉱物がヒ素を含んでいたからです。

そういうわけで、ついた呼び名が「クプフェルニケル(悪魔の銅)」。ドイツ語で「クプフェル」は銅のこと、「ニケル」はいたずら好きで嘘つきの悪魔を指すニックネームです。

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銅の代わりに取り出された貴重な金属

自然銅(アメリカ産)
【銅】鉱物名としては「自然銅」。標本の横幅:4.0cm/アメリカ・ミシガン州 キーウィーノー郡産/国立科学博物館所蔵(出典:『へんな石図鑑』秀和システム)

残念ながら銅は含んでいませんでしたが、この鉱物からは別の金属が取り出されました。それが、現在レアメタルの一つとしてハイテク産業を支えている、ニッケルです。元素名の「ニッケル」は、クプフェルニケル(悪魔の銅)にちなんで1754年に名づけられました。

また、現在国際的に使われている紅砒ニッケル鉱の英語の鉱物名(学名)は、「ニケライン」です。この名前は、ニッケルを含むことにちなんで1832年に命名されました。命名者はフランス人鉱物学者、フランソワ・シュルピス・ブドンです。

このように名前の由来を見ていくと、紅砒ニッケル鉱のかつての呼び名である「悪魔の銅」から「ニッケル」という元素名が生まれ、その元素名から、改めて鉱物名「ニケライン」が生まれたということになります。銅に似た色で人々をぬか喜びさせた15世紀の悪魔ニケルは、元素の名前や正式な鉱物名として、現在にまで名前を残しているのですね。

ニッケルの資源となるのはおもに蛇紋石

ガーニエライト(ニューカレドニア産)
【ガーニエライト】蛇紋石を主体とする岩石で、ニッケルを多く含んでいる。標本の横幅:7.8cm/フランス領ニューカレドニア・テレンバ産/国立科学博物館所蔵(出典:『へんな石図鑑』秀和システム)

紅砒ニッケル鉱は、金属のニッケルが最初に取り出された鉱物であり、今でもニッケルの重要な資源の一つですが、採れる量はそれほど多くありません。現在、ニッケルの資源として大規模に採掘されているのは、「蛇紋石(じゃもんせき)」という鉱物グループに分類されるいくつかの緑色の鉱物です。

蛇紋石のおもな成分はマグネシウムや鉄などで、普通はニッケルをあまり含んでいません。

ですが、マグネシウムの一部がニッケルと入れ替わることで、蛇紋石の中に比較的多くのニッケルが含まれることがあります。そのような、ちょっと特殊な蛇紋石が集まった岩石を「ガーニエライト」といい、この岩石がニッケルの鉱石として大いに利用されているのです。日本語で、「珪ニッケル鉱(けいにっけるこう)」と呼ばれることもあります。

ニッケルは、クロムとともに、さびにくい鉄鋼であるステンレス鋼を作るのに欠かせない金属です。代表的なステンレス鋼では、鉄が72%、クロムが18%、ニッケルが8%程度含まれています(残りの2%はその他)。

鉱物の解説:紅砒ニッケル鉱(こうひにっけるこう)

紅砒ニッケル鉱(チェコ産)
【紅砒ニッケル鉱】標本の横幅:6.9cm/チェコ・ボヘミア地方 プルシーブラム産/国立科学博物館所蔵(出典:『へんな石図鑑』秀和システム)

ニッケル(Ni)とヒ素(As)だけでできた鉱物です。名前に使われている「砒」という漢字は、元素のヒ素を表します。酸素と結びついたヒ素は「亜ヒ酸」という強い毒になり、水に溶けるので大変危険ですが、紅砒ニッケル鉱自体に毒性はありません。

ニッケルは紅砒ニッケル鉱から初めて見出された元素で、身近なところではステンレス鋼や硬貨に使われています。50円硬貨や100円硬貨、それから500円硬貨の一部に使われている「白銅」は、銅75%、ニッケル25%の合金です。

また、飛行機のジェットエンジンに使われる超合金(約1,120℃もの高温に耐えられる合金)は、ニッケルを主体とした合金です。ジェット機が空を飛べるのも、ニッケルのおかげなのです。

鉱物データ「ニケライン(紅砒ニッケル鉱)」
ニケライン(紅砒ニッケル鉱)の鉱物学的特性

もっと知りたい人のためのオススメ本

この記事の内容は、当サイト管理人(渡邉克晃)の著書『へんな石図鑑』からの抜粋です。書籍版もぜひお楽しみください。

『へんな石図鑑』渡邉克晃(秀和システム、2024年)


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