秦の始皇帝が好んだ不老不死の薬
紀元前3世紀に初めて中国を統一した秦の始皇帝は、不老不死の薬として、水銀を好んで飲んだと伝えられています。始皇帝が薬にしたのは、水銀と硫黄でできた赤色の鉱物「辰砂(しんしゃ)」だということですが、薬の成分として注目されていたのは、辰砂を加熱することで得られる銀色の液体、水銀だったようです。
でも、今では水銀が毒であることははっきりとわかっています。水銀を飲むことは、不老不死どころか逆に寿命を縮めることになるのです。
水銀といえば、1950年ごろに熊本県で発生した「水俣病」という公害病が有名です。原因は、化学工場から海や川へ流れ出た「メチル水銀」でした。
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純粋な水銀と、水銀の化合物
「水銀」は、純粋な水銀と、水銀の化合物として存在します。
純粋な水銀は金属光沢の液体ですが、マイナス40℃近くの低温で固体になります。また、常温でも少しずつ気化して水銀蒸気になるので、注意が必要です。昔ながらのガラス製の体温計に使われているので、見たことがある人も多いと思います。辰砂を加熱して人工的に作られることがほとんどですが、自然界にも見られ、それらは「自然水銀」という鉱物名で呼ばれています。
水銀の化合物には、無機化合物と有機化合物があります。水銀と、硫黄、酸素、塩素、炭酸イオンなどの化合物は、無機水銀と呼ばれ、代表的なものは鉱物の「辰砂」です。辰砂は先ほど紹介した通り、水銀と硫黄の化合物で、物質名としては硫化水銀となります。
そして、これら無機水銀に対し、水銀に炭素が直接結合した有機金属化合物のことを、有機水銀と呼びます。水俣病の原因になったメチル水銀も、有機水銀の一つ。メチル水銀の場合、水銀原子1個に対し、炭素原子1個と水素原子3個が結合した形をしています。
身の回りにある水銀のうち、私たちの体に入って健康を害する恐れがあるのは、おもに有機水銀と水銀蒸気です。
金の製錬に水銀が使われている
メチル水銀などの有機水銀は、化学工場から海に排出されるばかりではありません。実は、大気中には蒸発して気体になった水銀(水銀蒸気)が薄く広がっていて、それらが海の水に溶けると、海にすむ微生物の働きで有機水銀ができるのです。
ただ、このようにしてできる有機水銀はわずかな量なので、魚や海藻を食べても特に問題はありません。それでは何が問題かというと、大気中の水銀蒸気が、今もなお増え続けているということです。
多くの国で水銀の使用が禁止されているにもかかわらず、例えば西アフリカ、南アメリカ、アジアの一部地域では、金の製錬(鉱石から金を取り出すこと)に水銀が使われています。水銀には、金を溶かし込んで合金を作るという特殊な性質があるので、砕いた鉱石から金を吸い出すのにとても便利。その後、できた合金を加熱して水銀を蒸発させれば、金が手に入るというわけです。
この方法がいまだに続けられているので、大気中の水銀蒸気の増加と、それにともなう海の汚染が心配されています。
鉱物の解説:自然水銀(しぜんすいぎん)
鉱物は、「自然界にある固体の物質で、地質作用によって作られたもの」なので、普通の状態で液体である水銀は、本来なら鉱物ではありません。
しかし、このような鉱物の定義ができるはるか以前から、水銀は鉱物の一種として利用・研究されてきた物質であり、また、成分が一定であるなど、鉱物と共通する特徴もあることから、例外的に正式な鉱物種として認められています。鉱物種名は「自然水銀」。
固体から液体に、あるいは液体から固体になる温度を「融点」といいます。水銀の融点は、金属の中でもっとも低く、マイナス40℃ほどです。もし水銀を強力な冷凍庫で冷やせば、水銀も固体になって、ほかの多くの鉱物と同じように結晶を作ります。
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