ベスビオ火山とポンペイの遺跡
©︎Kelsey Ohman / flickr

火山灰に埋もれた古代ローマの都市ポンペイ

紀元79年、古代ローマ帝国の商業都市であったポンペイは、火山噴火に伴う大規模な火砕流で一夜にして壊滅しました。

高さ6メートルの火山灰に埋もれた街は何世紀にも渡って忘れ去られていましたが、18世紀以降の発掘調査により、古代ローマ帝国の栄華を物語る数々の発見がなされています。

 

ポンペイを壊滅させた火山とは、イタリア共和国ナポリ近郊にあるベスビオ火山(標高1281メートル)。

ナポリ湾に面した海岸近くの火山で、そこから南東10キロメートルほどの場所にポンペイの街があります。

 

噴火が起きた当時、街には推定1万人前後の人が住んでいました。

紀元79年の10月頃、ベスビオ火山は爆発的な噴火を起こし、噴煙は推定で高度3万3000メートルに到達。

 

噴石が雨のように降り注ぐ中、街の住人の多くは避難しましたが、それでも1000人ほどは街に残りました。

そして噴火発生の日の夜、大規模な火砕流が発生。

空高く立ち上った噴煙の柱が自らの重さで崩壊し、雪崩のように周囲一帯を襲ったのです。

 

火砕流は火山灰、軽石、水蒸気などからなる高温の流れで、時速100キロメートル以上の猛スピードでポンペイの街を飲み込み、海岸にまで達しました。

ポンペイの遺跡を覆う高さ6メートルもの火山灰は、空から降り積もった火山灰(降下火山灰)ではなく、火砕流がもたらしたものなのです。

 

なお、遺跡からは1150体余りの遺体が発見されているとのことですが、死因は火山灰や火山性ガスによる窒息ではなく、火砕流の高熱であったと考えられています。

火砕流の温度は摂氏250度から400度と推定されているので、一瞬で人々の命を奪ったことでしょう。

 

その後もベスビオ火山の噴火はしばしば起こり、4世紀から5世紀にかけての比較的大きな噴火で、ポンペイの街は完全に地中に埋もれてしまったようです。

 

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古代ローマ帝国の栄華を火山灰が保存した

長らく忘れ去られていた古代都市ポンペイが再発見されたのは、1748年のこと。

火山灰の下から掘り起こされた絵画や美術品は、驚くほど保存状態が良かったそうです。

鮮やかな色彩がそのまま残っていて、古代ローマ帝国の栄華を今に伝える貴重な資料になっています。

 

ポンペイの絵画や美術品がこれほどよく保存されていたのは、どうやら火山灰が乾燥剤の役割を果たしたから。

火山灰の主成分である火山ガラスは非常に細かい二酸化ケイ素の粒子で、変質することでシリカゲルとよく似た物質になることが知られているのです。

 

シリカゲルというのは、乾燥剤に使われるつぶつぶですよね。

二酸化ケイ素の微粒子がかたまり状に集まってできた固体で、隙間が多く、表面積が大きいのが特徴。

湿度が高い時には、シリカゲルの隙間に毛細管現象の原理で水が吸収されます。

また、もっと湿度が低い時には、表面に水分子を吸着させることで湿気を除去します。

 

このようなシリカゲルと同様に、ベスビオ火山の火山灰は、湿気を吸収する役割を果たしたと考えられるのです。

それで、ポンペイの遺跡は空気だけでなく湿気からも遮断された地中で、およそ1700年もの間保存されることになりました。

プリニー式噴火はベスビオ火山がモデル

火山の噴火様式のうち、大量の軽石や火山灰を高く噴き上げる大規模な噴火を、プリニー式噴火と呼んでいます。

プリニー式噴火の代表例は、富士山の宝永大噴火(1707年)や浅間山の天明噴火(1783年)。

 

このプリニー式噴火のモデルとなったのが、紀元79年のベスビオ火山の噴火なのです。

噴火の当日、古代ローマ帝国の軍人でもあった博物学者、ガイウス・プリニウス・セクンドゥス(大プリニウス)は、ポンペイ市民の救助のために現地に向かいましたが、そこで命を落としてしまいます。

その後、大プリニウスの甥に当たるガイウス・プリニウス・カエキリウス・セクンドゥス(小プリニウス)が、友人の歴史家コルネリウス・タキトゥスに宛てた書簡の中で、伯父の死の経緯とベスビオ火山の噴火について詳細に記載しました。

この時の記述が元になり、ベスビオ火山に代表される噴火様式を(プリニウスにちなんで)「プリニー式」と呼ぶようになったということです。

 

なお、ベスビオ火山の噴火よりも明らかに規模が大きいものについては、ウルトラプリニー式噴火、あるいはカルデラ噴火という名前で呼ばれ、プリニー式噴火と区別されています。

1944年までに30回以上の噴火が起きた活火山

ベスビオ山の空中写真(イタリア・ポンペイ近郊)
ベスビオ火山の空中写真(©︎Pastorius / Wikipedia

 

ベスビオ火山は、紀元79年の大噴火の後にも繰り返し噴火している活火山です。

激しい噴火だけでもその数は30回を超え、特に1631年から1944年までの約300年間には、23回の噴火が記録されています。

現在は噴火していないとは言え、非常に活発な火山であることがわかりますね。

 

ベスビオ火山の辺りで火山活動が始まったのは、少なくとも40万年以上前。

活発な火山活動の原因は、2枚のプレート(地球表面を覆う硬い岩盤)が地中海の下で衝突しているからです。

 

どういうことかと言いますと、ヨーロッパが属するユーラシアプレートの下に、北上するアフリカプレートが潜り込む形で、地中海の辺りで2つのプレートが衝突しているのです。

その結果、沈み込むプレートとともに地下深くに引き込まれた海水がマグマの形成を促して、活発な火山活動が起こっているというわけです。

参考文献

場所の情報

もっと知りたい人のためのオススメ本

渡邉克晃『美しすぎる地学事典』(秀和システム,2020)


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