Photo: Pixaby

 

バイオミネラルが持つ微細な構造

銀白色の下地にうっすらと虹色の光沢を持つ真珠は、数ある宝石の中でもちょっと特殊な存在です。

ダイヤモンドやルビーが地下の岩盤の中で作られる鉱物であるのに対し、真珠は、生物の体の中で作られる鉱物だからです。

 

真珠を作る生物は、アコヤガイ、シロチョウガイ、イケチョウガイなどの貝類で、いずれも貝殻の内側が真珠と同じ美しい色彩になっています。

三重県志摩半島のアコヤガイを使った養殖真珠が、特に有名ですね。

 

真珠のように、生物の体内でつくられる鉱物は「バイオミネラル(生体鉱物)」と呼ばれており、真珠や貝殻のほかに、ウニの棘や卵の殻、脊椎動物の骨や歯など、様々なものが知られています。

多くのバイオミネラルに共通するのは、無機物である鉱物結晶と、有機物であるタンパク質が複雑に絡み合っていること。

また、その結果として、岩盤中の無機的な鉱物には見られないような特徴的な形態(外形・内部構造)をしています。

 

真珠の場合も、やはりその内部構造に特徴があります。

 

真珠を作っている鉱物は、「霰石(あられいし)」と「方解石」という2種類の炭酸カルシウムの鉱物。

この2つは、全く同じ化学成分でありながら結晶の形が違っていて、真珠の中心部分を方解石が、表面部分を霰石が占めています。

真珠の美しい色彩を作っているのは、表面にある霰石の方です。

 

実はこの霰石の部分、非常に薄い板状の結晶が、タンパク質を間に挟みながら何枚も積み重なった形状をしています。

個々の結晶片は厚さ400〜800ナノメートルという極薄サイズで、平面方向の広がりは、厚さの10〜100倍ほど。

断面を見ると、横に長いレンガを積み上げたような感じになっています。

 

1mm=100万ナノメートルですので、霰石の結晶がとても薄いことは何となく伝わるかと思うのですが、ここでもう一歩、その薄さに迫ってみましょう。

 

よく知られているように、光には波の性質がありますね。

人の目が認識できる光の波長は、380ナノメートル(紫色の光)〜770ナノメートル(赤色の光)あたり。

つまり、真珠を作っている霰石の結晶の厚さは、光の波長とほぼ同じということです。

 

結晶の厚さが光の波長と同じだなんて、驚きです。

このような極薄サイズの結晶でできていることが、真珠独特の美しい色彩を生む秘密になってきます。

虹色の秘密は積み重なった半透明の鉱物片

Photo: Pixabay

 

真珠を作っている炭酸カルシウムの鉱物、つまり霰石や方解石は、概ね白っぽい半透明の鉱物です(無色透明のこともあります)。

ここでは特に真珠の表面を占めている霰石に注目しますが、霰石そのものは半透明の鉱物なのに、真珠の表面は虹色の光沢を持っていますね。

 

真珠の表面の虹色は、霰石の色でも、周囲の有機物に沈着した色素の色でもありません。

これは極薄サイズの霰石が積み重なることで生まれる「干渉色(かんしょうしょく)」というもので、言わば光のマジックです。

 

真珠の表面のように、薄くて半透明の鉱物が何枚も積み重なると、その断面は等間隔の縞模様になります。

そのような構造に光が当たった場合、光はいろんな深さで反射することになります。

すなわち、最表面で反射する光、最表面の鉱物片は透過して1枚目と2枚目の境界で反射する光、2枚目の鉱物片も透過して2枚目と3枚目の境界で反射する光、などなど。

 

真珠の表面を構成する霰石はレンガのように何枚も重なっていますので、このような複雑な反射になるわけです。

そして、このとき積み重なる鉱物片の厚さが十分に薄く、光の波長くらいだと、いろんな深さで反射した光同士が強め合ったり弱め合ったりする現象が起こります。

これを「光の干渉」と言います。

 

日中の光や蛍光灯の白い光は、虹の7色(赤、オレンジ、黄、緑、青、青紫、紫)が混ざったものですので、光の干渉が起こると、ある色は強められ、ある色は弱められるということが起こります。

どの色が強められるか、あるいは弱められるかは、光の当たる角度や見る角度によって変わってきますので、結果的に様々な色が現れて虹色に見えることになります。

 

これが干渉色と呼ばれるもので、真珠の表面が虹色に見える基本的なしくみです。

霰石そのものは宝石にならないのに、アコヤガイによって極薄サイズの特別な姿に生まれ変わることで、宝石になるのですね。

干渉色は真珠の表面以外でもいろんなところで見られ、例えばCDやシャボン玉の表面が虹色に見えるのも、干渉色の一種です。

霰石ができるのはアコヤガイの特殊能力のおかげ

アコヤガイの貝殻
アコヤガイの貝殻(©︎James St. John / flickr

 

ここまで見てきた通り、真珠の表面に美しい虹色の光沢があるのは、極薄サイズの霰石が何枚も積み重なっているからでした。

ただの霰石では虹色に見えないので、やはり特殊な内部構造が真珠独特の色彩を生んだと言えるでしょう。

 

でも、真珠の秘密はそれだけではありません。

実はアコヤガイの中で霰石ができること自体、とてもすごいことなのです。

 

どういうことかと言いますと、炭酸カルシウムの2種類の鉱物のうち、常温常圧(=15〜25℃、1気圧)では方解石の結晶構造の方が安定であるため、基本的には霰石ではなく方解石がよくできるのです。

また、たとえ霰石ができたとしても、時間の経過とともに方解石へと変化してしまいます。

 

にもかかわらず、アコヤガイなどの真珠を作る貝の中では、霰石ができます。

いえ、むしろアコヤガイたちは霰石と方解石を使い分けていて、真珠の中心部分には方解石を作り、表面部分には霰石だけを作っているのです。

通常はできにくい鉱物を極めて精度良く作ってしまうなんて、何という離れ業でしょうか。

 

アコヤガイとその仲間たちは、霰石の形成を促すようなタンパク質を真珠の表面部分にだけ作り、鉱物の種類をコントロールしているのです。

方解石の場合、たとえ似たような構造であっても虹色の光沢にならないことがわかっていますので、真珠が真珠であるためには、霰石であることが不可欠な要素。

美しい真珠の色彩は、霰石を作るタンパク質のおかげでもあるのですね。

参考文献

コトバンク『真珠

緒明佑哉・今井宏明『バイオミネラルにまなぶ材料化学』農業機械学会誌75,4-10(2013).

鈴木道生『アコヤガイの真珠および貝殻形成に関与する有機基質に関する研究』平成26年度(第13回)日本農学進歩賞受賞者講演会・講演要旨.

もっと知りたい人のためのオススメ本

渡邉克晃『身のまわりのあんなことこんなことを地質学的に考えてみた』(ベレ出版,2022)

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真珠は極薄サイズの結晶片が積み重なった宝石(渡邉克晃『身のまわりのあんなことこんなことを地質学的に考えてみた』より)