奈良県高松塚古墳の壁画。西壁の女子群像。
奈良県高松塚古墳の壁画。西壁の女子群像(©︎Mehdan / Wikipedia

 

高松塚古墳の壁画を彩る岩絵具

石室の壁に描かれた色鮮やかな女子群像が有名な、奈良県の高松塚(たかまつづか)古墳。

藤原京に都があった時代(694年~710年)に造られた古墳で、極彩色の壁画が発見されたのは1972年のことでした。

その色彩は赤、青、黄、緑などバラエティーに富み、描かれてから約1300年も経過しているとは思えないほどの鮮やかさです。

 

この高松塚古墳の美しい壁画には、顔料として天然の鉱物を砕いて作った石の粉(岩絵具)が使われています。

例えば、「朱(しゅ)」と呼ばれる赤色の顔料は、辰砂(しんしゃ)という水銀と硫黄からなる鉱物。

「岩群青(いわぐんじょう)」と呼ばれる青色の顔料は、銅を主成分とする藍銅鉱(らんどうこう)という鉱物。

「岩緑青(いわろくしょう)」と呼ばれる緑色の顔料は、成分は藍銅鉱と同じで色の異なる孔雀石(くじゃくいし)という鉱物。

このような具合です。

 

また、鉱物を砕いて作ったわけではありませんが、天然の土でできた顔料というのもあり、それらにも色のついた鉱物が含まれています。

「紅殻(べんがら)」の赤色は主に赤鉄鉱(せきてっこう)の色ですし、「黄土(おうど)」の黄色はゲーサイト(針鉄鉱)や赤鉄鉱などが混ざった色。

赤鉄鉱もゲーサイトも鉄の酸化物で、鉄錆の色を想像してもらうとわかりやすいと思います。

 

鉱物の粉で作られる岩絵具は、鮮明な色を長期間保つことができる優れた顔料です。

高松塚古墳の壁画が1300年経った後も鮮やかな色彩を保っていたのは、雨水の侵入やカビの発生から守られる特殊な条件が整っていたことに加え、顔料として鉱物の粉が使われたことが主な理由だと言えるでしょう。

 

高松塚古墳の他にも、例えばイタリアのポンペイ遺跡の壁画には、赤色の顔料として辰砂が使われていると言われています。

古代ローマ帝国の都市ポンペイがベスビオ火山の噴火によって火山灰に埋もれてしまったのは、紀元79年のこと。

壁画はそれ以前に描かれたものですので、およそ2000年に渡って鮮やかな色彩を保ってきたことになります。

 

なお、鉱物の粉そのものには接着性はありませんので、絵を描く際には膠(にかわ)と水を加えて使います。

膠は動物の皮や腱(けん)、骨などを煮出して作る糊のようなもので、この成分のおかげで鉱物の粉がしっかりと壁に定着します。

紫みを帯びた深い青色、フェルメール・ブルー

ヨハネス・フェルメール『真珠の耳飾りの少女』。1665年頃。マウリッツハイス美術館(オランダ)。
ヨハネス・フェルメール『真珠の耳飾りの少女』。1665年頃。マウリッツハイス美術館所蔵(オランダ)。(Public domain / Wikipedia

 

光による巧みな質感表現が印象的なオランダの画家、ヨハネス・フェルメールは、ラピスラズリを原料とする青色の顔料「ウルトラマリン」を使った作品で有名です。

例えば、1665年ごろの作品『真珠の耳飾りの少女』は、青色のターバンを巻いた少女の写実的な人物画ですが、ターバン部分の青がウルトラマリンだと言われています。

 

原料のラピスラズリは青金石(せいきんせき、ラズライト)と方ソーダ石(ほうそーだせき)を主成分とする深い青色の岩石。

名前の由来は、「石」を意味するラテン語の「ラピス」と、群青の空の色(日没後まもない夜空の色)を表すアラビア語を組み合わせたものだそうです。

深い青や青紫をベースに、部分的に白や金色の鉱物が混じっていて、まるで夜空に星が浮かんでいるように見えるとても美しい石です。

 

フェルメールの時代も現在も、ラピスラズリを原料とする天然のウルトラマリンはとても高価な顔料で、特にフェルメールの時代には裕福な一部の画家しか使うことができませんでした。

当時のヨーロッパでは、ラピスラズリは金(ゴールド)と同等の価値があったということです。

このような時代背景ですので、フェルメールの絵画にウルトラマリンが使われていたことは際立った特徴であり、ウルトラマリンの青は「フェルメール・ブルー」とも呼ばれています。

日本画には岩絵具が欠かせない

尾形光琳『燕子花図』(右隻)。根津美術館所蔵(東京都港区)。
尾形光琳『燕子花図』(右隻)。根津美術館所蔵(東京都港区)。(Public domain / Wikipedia

 

江戸時代(18世紀)の日本画の巨匠、尾形光琳の作品に『燕子花図(かきつばたず)』という有名な金屏風があります。

幅3.6mの2枚の屏風に惜しげもなく金箔を貼り、群生するカキツバタの花を描いたこの作品。

青い花の部分には岩群青が、緑の葉の部分には岩緑青が使われています。

 

これらは高松塚古墳の壁画でも使われていた岩絵具で、それぞれの原料となる鉱物は、岩群青が藍銅鉱、岩緑青が孔雀石でしたね。

どちらも日本画には欠かせない最高級の顔料です。

 

特に藍銅鉱から作られる岩群青は精製が難しく、たいへん貴重で、江戸時代には岩緑青の10倍の値段で取り引きされていたと言います。

フェルメールの作品に使われていたウルトラマリンと同じく、深い青色の顔料ですが、日本ではウルトラマリンの原料となるラピスラズリが産出せず、主要な青色顔料として藍銅鉱の岩群青が使われてきました。

 

日本画に使われる岩絵具には、この他にもさまざまな鉱物が原料として使われています。

赤色の顔料になる鶏冠石(けいかんせき)は、ヒ素と硫黄からなる鉱物。

高松塚古墳の壁画に見られた辰砂も、代表的な赤色顔料です。

 

それから、黄色の顔料としては、鶏冠石と同じくヒ素と硫黄からなる石黄(せきおう)があります。

鶏冠石も石黄も、ヒ素の毒性が問題になってからは合成顔料に置き換えられるようになりました。

 

また、白色の顔料としては貝殻から作られる胡粉(ごふん)がよく使用されるものの、鉱物の石英から作られる白い岩絵具もあります。

かつては鉛を主成分とする白鉛鉱(はくえんこう、セルサイト)も白色顔料として利用されましたが、鉛に毒性があることが分かってからは一般には使われなくなりました。

 

日本画は日本独自で発展した伝統的な絵画であり、横山大観(よこやまたいかん)、東山魁夷(ひがしやまかいい)、平山郁夫など、近代から現代の日本画家も多数の名作を遺しています。

鉱物でできた岩絵具は、そんな日本画に欠かせない存在なのです。

参考文献

宮脇律郎『世界でいちばん素敵な鉱物の教室』(三才ブックス,2018)

松原聰『学研の図鑑 美しい鉱物』(Gakken,2013)

国営飛鳥歴史公園『高松塚古墳

コトバンク『岩絵具』『黄土

安田博幸『飛鳥高松塚古墳の壁画顔料と漆喰の分析』化学教育20,390-394(1972).

もっと知りたい人のためのオススメ本

渡邉克晃『身のまわりのあんなことこんなことを地質学的に考えてみた』(ベレ出版,2022)

書影『身のまわりのあんなことこんなことを地質学的に考えてみた』渡邉克晃(2022年11月18日刊行)
Amazon | 楽天ブックス

※この記事の内容を含め、身近な地質学の話題がたくさん紹介されています。

古墳の壁画から江戸時代の名画まで。歴史を彩る岩絵具(渡邉克晃『身のまわりのあんなことこんなことを地質学的に考えてみた』より)