鳥取県の三朝(みささ)温泉。国内屈指のラジウム温泉で、花崗岩地域に位置する。Photo: Katsuaki Watanabe

自然環境中に存在するいくつかの放射線源

2011年の福島第一原子力発電所事故のあと、まき散らされた放射性物質による健康への影響が懸念される中で、「自然界にはもともといくつかの放射線源があり、私たちは日頃からある程度の放射線を浴びて生活している」ということが広く知られるようになりました。そのような放射線は、具体的に次の4種類に分けられます。

  1. 宇宙から飛んでくる宇宙放射線
  2. 土壌や岩盤(建築材料を含む)から放出されている放射線
  3. 地中から出てきた気体の放射性物質が呼吸によって取り込まれ、体内で発生する放射線
  4. 植物や飲料水を通じて土壌中の放射性物質が取り込まれ、体内で発生する放射線

世界的に見て、これらを合わせた放射線の影響(被ばく線量)は1年間に1〜10ミリシーベルト(mSv)という値であり、日本でも平均2.1ミリシーベルトで、原発事故後の被ばく線量を考える上で無視できない高さでした。

被ばく線量の目安がちょっとわかりにくいかもしれませんが、たとえば東京電力によると、事故後の福島第一原子力発電所で働く作業員の被ばく線量(2022年6月時点)は、ひと月当たり平均0.3ミリシーベルトで、これを1年間に換算すると約3.6ミリシーベルトになります。

また、環境省によると、CTスキャンなど医療に伴う被ばく線量の値が日本では高く、平均で年間3.9ミリシーベルトとされています。

これらは自然由来の被ばく線量とは別々に測定されていますので、先ほどの原発作業員の場合でしたら、単純計算で平均9.6ミリシーベルトの年間被ばく線量になります。自然由来の被ばく線量が占める割合は、9.6ミリシーベルトのうちの2.1ミリシーベルトですので、結構大きいことがわかりますね。

ラジウム温泉は天然の放射線源のわかりやすい例

日本屈指のラジウム温泉、鳥取県の三朝(みささ)温泉。Photo: Katsuaki Watanabe(フォトギャラリー地学舎

さてここで、放射能泉として知られるラジウム温泉について取り上げてみたいと思います。ラジウム温泉の「ラジウム」とは原子番号88の放射性元素のことで、このラジウムに由来して、他の場所よりも被ばく線量が少しだけ高くなっている温泉です。

とは言っても、お湯の中にラジウムが溶けているわけではありません。溶けているのはラドンという放射性元素で、地中のラジウムが放射線を出すことでラドンに変化し、そのラドンがお湯に溶け込んでいるという状況です。

このラジウム温泉、先ほど出てきた4種類の自然環境中の放射線源のうち、3番目と深く関係があります。すなわち、「3. 地中から出てきた気体の放射性物質が呼吸によって取り込まれ、体内で発生する放射線」です。ここで言っている「地中から出てきた気体の放射性物質」というのが、実はラドンなのです。

土壌中や岩盤中にはラジウムなどの放射性物質がどこにでも含まれているため、そのままでも微量ながら放射線を出しています。ただ、ラジウムは固体ですので、地中から外に出てきて私たちが吸い込んでしまうということは、あまりありません。

ラジウムによる被ばく線量を考える上で重要なのは、ラジウムから変化してできたラドンが、気体であるという点です。気体であるからこそ、厄介な存在になり得ます。

どういうことかと言いますと、土壌中や岩盤中で生成した気体のラドンは、やがて地中から空気中へと出ていきます。そこが何もない場所なら、空気中に薄く広がってしまうので被ばく線量は無視できるほど小さくなりますが、そこに家屋があった場合、屋内にラドンがたまってしまうことになります。

というより、ほとんどの家屋は地面の上に作られていますので、建物の中にはもれなくラドンがたまってしまうと考えた方がいいでしょう。特にコンクリート造りの密閉度の高い家屋では、ラドンがたまりやすくなります。そして、たまったラドンを人が吸い込むことで、放射性物質が体内に入り、内側から被ばくの影響を受けることになるのです。

ラジウム温泉ができた経緯もこれとほぼ同じで、地中で発生した気体のラドンが、建物ではなく地下の温泉水にたまることで放射能泉になりました。

ラドンには水に溶けやすい性質があるため、空気中に出てくるだけでなく、地下水にもたまりやすいのです。もちろんラジウム温泉ができるには地中のラジウム量が他の地域よりも多いという条件が必要ですが、被ばく線量で見ればその差はわずか。ラジウム温泉は、天然の放射線源の一つであるラドンが身近な存在であることの、とてもわかりやすい例と言えます。

ラジウム温泉のでき方。出典:渡邉克晃『身のまわりのあんなことこんなことを地質学的に考えてみた』ベレ出版

ラジウム量が多いのは花崗岩地域

広島県宮島町、弥山(みせん)山頂の花崗岩と真砂。Photo: Public domain

地中のラジウム量が多いのは花崗岩が広く分布する地域で、日本では東日本よりも西日本で多い傾向にあります。国内屈指のラジウム温泉「三朝(みささ)温泉」があるのも、中国地方の鳥取県。

花崗岩には放射性元素のウランやトリウムが比較的多く含まれていて、それらが長い年月をかけてラジウムへと少しずつ変化していくので、花崗岩地域には継続的にラジウムが存在し続けることになるのです。このことは、花崗岩が風化してできた土壌にも当てはまります。

一方、花崗岩が分布していない地域、例えば火山灰土壌が多い関東地方や東北地方であっても、ラジウムがないわけではありません。ラジウムの元になっているウランやトリウムは地球を構成するどんな岩石・土壌にも含まれていますので、地域による差は、量が多いか少ないかの違いということになります。

なお、三朝温泉の南側、鳥取県と岡山県の県境辺りには、かつて試験的にウラン採掘が行われていた人形峠旧ウラン鉱山があります。他の地域に比べてこの辺りの岩盤中にウランが多く含まれていることの、一つの証拠と言えますね。

鳥取県と岡山県の県境に位置する、人形峠旧ウラン鉱山。Photo: Katsuaki Watanabe

岩盤中のウランやトリウムがラジウムへと変わり、ラジウムから気体のラドンが生成する。この流れを知っておくと、自然環境中の放射線源について理解しやすくなると思います。

参考文献

環境省『ラドン及びトロンの吸入による内部被ばく』『時間当たりの被ばく線量の比較

エネ百科『シーベルト(等価線量と実効線量)

ATOMICA『ラドン(自然環境中の放射線源)

東京電力『福島第一原子力発電所作業者の被ばく線量の評価状況

河野摩耶・西野義則『必要な環境放射線:環境汚染と人体への影響の真実』GPI Journal 2,56-59(2016)

日本原子力研究開発機構『身の回りにもあるウランとラジウム温泉

もっと知りたい人のためのオススメ本

渡邉克晃『身のまわりのあんなことこんなことを地質学的に考えてみた』(ベレ出版,2022)

書影『身のまわりのあんなことこんなことを地質学的に考えてみた』渡邉克晃(2022年11月18日刊行)
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※この記事の内容を含め、身近な地質学の話題がたくさん紹介されています。

ラジウム温泉に溶けているのは気体の放射性元素ラドン(渡邉克晃『身のまわりのあんなことこんなことを地質学的に考えてみた』より)