インドネシアのスマトラ島に見られる黒ボク土。国際的な土壌分類では Andosols(アンドソル)という。Photo: Soil Science / flickr (CC BY 2.0)

畑や果樹園の大部分は黒ボク土

北海道のジャガイモ、青森県のリンゴ、栃木県のイチゴ、鹿児島県のサツマイモなど、日本の畑ではさまざまな農作物が栽培されていますが、その多くが「黒ボク土(くろぼくど)」と呼ばれる黒色、あるいは黒っぽい褐色の土壌で栽培されています。黒ボク土の起源は、実は火山灰。大量に降り積もった火山灰に動植物由来の有機物(腐植)が集積して黒々とした土壌になりました。北海道、東北、関東、九州の広い範囲に分布し、いずれも肥沃な農地として活用されています。

火山灰というのは、噴火したマグマのしぶきが冷えて固まった細かい粒子ですので、言ってみれば砂つぶの集まりです。硬くてサラサラの、細かい砂。できたての火山灰には土壌に必要な粘土分が含まれていないため、このままでは土壌になれません。火山灰の粒子が雨水と反応して徐々に粘土鉱物が作られていくことで、適度な保水性や栄養分を保持する性質が備わっていくのです。

さて、黒ボク土が黒いのは、動植物由来の有機物(腐植)のせいであると先ほど書きましたが、そういった有機物は枯れた植物が腐ったりすることで生成されますので、火山灰地域でなくてもできるわけですね。それなのに、どうして火山灰地域においてだけ、土が黒くなるほどの腐植が集積したのでしょうか。

それは、火山灰に多く含まれるアルミニウムが腐植と強く結びつき、腐植がそれ以上分解されるのを防ぐ働きをしたためです。そのため、火山灰地域では分解される腐植よりも新たに生成される腐植の方が多くなり、地表付近に腐植がたまり続け、日本の他の土壌よりもずっと多くの腐植を含む土になりました。黒ボク土に含まれる腐植の量は、世界の肥沃な土壌と比べても最高水準にあります。 

リン酸欠乏を肥料で補い肥沃な土壌へ

日本の肥沃な畑。Photo: 写真AC

黒ボク土が農作物の栽培に適しているのは、基本的には腐植を多量に含むからです。腐植は微生物によってさらに分解されることで、窒素やリン酸など植物に必要な栄養分の供給源になりますし、また、土壌の粒子を適度に結合させて大小様々な団子状の構造を作り、隙間の多いフカフカの土にしてくれたりもします。

しかし、そんな黒ボク土にも重大な欠点があり、その欠点のために、実は第二次世界大戦前までは全くと言っていいほど農作物の栽培に使われていませんでした。その欠点とは、リン酸とあまりにも強く結合して容易に離さないため、植物がリン酸欠乏に陥ってしまうこと。

腐植が多いということは、そこから生成されるリン酸も多いわけですが、黒ボク土は他の土に比べてはるかに強くリン酸と結合してしまうため、植物が利用できる土壌中のリン酸が著しく不足してしまうのです。土壌がリン酸をしっかりとつかんで、植物に渡さないようにしているわけですね。このような環境では、リン酸の吸収力が強い一部の植物、例えばススキやササなどしか生育できなくなってしまいます。

黒ボク土がこれほどまでにリン酸と強く結合するのは、先ほども出てきた火山灰に多く含まれるアルミニウムと、もう一つは、火山灰と雨水との反応で生まれた粘土鉱物、アロフェンの影響です。

アルミニウムは腐植と強く結合するほか、リン酸とも強く結合し、なかなか離しません。それから、粘土鉱物のアロフェンというのは火山灰からできるちょっと変わった粘土鉱物なのですが、一般的な粘土鉱物のようにシート状の構造をしておらず、ごくごく小さな中空球状(ボール状)の構造をしています。そのため、表面積が非常に大きく、他の粘土鉱物よりもたくさんのリン酸を吸着してしまう性質があります。

土壌というのは基本的にリン酸と結合しやすく、そのために栄養分を保持できるわけですが、黒ボク土の場合はアルミニウムと粘土鉱物アロフェンのためにその性質が強くなり過ぎて、植物がリン酸を利用できなくなってしまうのです。

そこで、戦後になってリン酸肥料の開発が進み、人工的に黒ボク土のリン酸含量を増やす方法が取られるようになりました。もともと黒ボク土には、適度な保水性と水はけの良さ、通気性の良さ、フカフカした柔らかさ、という優れた特性がありましたので、リン酸肥料によって植物のリン酸欠乏を補ってあげることで、肥沃な土壌へと劇的な変化を遂げることになったのです。こうして現在の日本では、黒ボク土が農業生産を支える重要な土壌になりました。 

黒ボク土以外の日本の土壌

山地に分布する褐色の土壌。Photo: Pixabay

日本には黒ボク土のほかに、もう一つ特徴的な土壌があります。それが、「褐色森林土(かっしょくしんりんど)」と呼ばれる褐色あるいは黄褐色の土壌。黒ボク土が平坦な台地に分布するのに対し、褐色森林土は山地に分布し、火山灰をあまり含んでいないのが特徴です。腐植の量は黒ボク土よりも少ないものの、こちらも肥沃な土壌として畑に利用されています。

褐色森林土は、岩石が風化作用によって細かく砕けた後に、岩石由来の砂つぶが雨水と反応して粘土鉱物へと変化することでできた土壌です。褐色森林土の元になっている砂つぶは黒ボク土の元になっている火山灰よりも大きな粒子なので、その分、粘土鉱物へと変化しにくく、褐色森林土の形成には長い年月を要します。

また、基本的には斜面にたまっている土なので、雨に流されやすく、時には土砂崩れで一気に失われることもあり、平坦な台地や低地に比べて土壌の層が薄い傾向にあります。簡単に言うと、岩山の表面を薄く土壌が覆っている状態なのです。

それから、日本といえば稲作ですが、稲作に適した土地は、山地や台地よりもさらに低いところにある低地(平野)です。低地には河川によって運ばれてきた土砂が集積し、黒ボク土でも褐色森林土でもないもう一つの特徴的な土壌、「沖積土(ちゅうせきど)」が広がっています。

横浜市青葉区、寺家ふるさと村の田植え風景。Photo: Toshihiro Gamo / flickr (CC BY 2.0)

このような場所は河川から水を引き込みやすく、古くから水田に利用されてきました。

土壌として黒ボク土が稲作に向いていないというわけではないのですが、黒ボク土が分布する台地(高い場所)では大量の水を水田に引き込むことが難しく、また、水田にするには水はけがやや良すぎることもあって、あまり稲作には利用されていません。

褐色森林土も沖積土も肥沃な土壌ですが、畑や果樹園に占める割合では、やはり黒ボク土が突出してナンバーワン。火山灰あってこその黒ボク土ですので、日本の農業は火山の恵みとも言えますね。

参考文献

マイナビ農業『肥沃な土はどこにある? 土壌学者に聞く宇宙からベランダ菜園までの土の話(前編)』(20191122日)

マイナビ農業『肥沃な土はどこにある? 土壌学者に聞く宇宙からベランダ菜園までの土の話(後編)』(20191122日)

マイナビ農業『あなたの畑の土壌の性質は? 全国デジタル土壌図で調べよう!』(20191101日)

独立行政法人農業環境技術研究所『火山国ニッポンと土壌肥料学 

農研機構「土壌の写真集 黒ボク土大群

未来ecoシェアリング『やっかいな日本の火山灰土(黒ボク土)

もっと知りたい人のためのオススメ本

渡邉克晃『身のまわりのあんなことこんなことを地質学的に考えてみた』(ベレ出版,2022)

書影『身のまわりのあんなことこんなことを地質学的に考えてみた』渡邉克晃(2022年11月18日刊行)
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※この記事の内容を含め、身近な地質学の話題がたくさん紹介されています。

日本を代表する肥沃な土壌「黒ボク土」は火山灰に由来(渡邉克晃『身のまわりのあんなことこんなことを地質学的に考えてみた』より)