地学博士のサイエンス教室 グラニット

地球科学コミュニケーター・渡邉克晃のブログです。

日本刀は玉鋼でしか作れない。今も残る島根県のたたら製鉄

脇差(わきざし)の刀身と拵(こしらえ)。刀身は15世紀後半から16世紀前半、拵は18世紀後半の作。メトロポリタン美術館蔵(米国ニューヨーク市)。Photo: Public domain / Wikipedia

現存する唯一のたたら製鉄所「日刀保たたら」

島根県東部、奥出雲町に、現存する唯一のたたら製鉄所があります。太平洋戦争の終結とともに廃業した「靖国たたら」を日本美術刀剣保存協会が復元し、改名した、「日刀保(にっとうほ)たたら」です。

たたら製鉄というのは日本古来の製鉄法で、おもに砂鉄を原料として、比較的低い温度で鉄を製錬するのが特徴です。明治時代初期までは日本の鉄生産を支える製鉄法でしたが、やがて西洋式の製鉄法に取って代わられ、大正時代末期にはその歴史に幕を閉じることになりました。

西洋式の製鉄法では巨大な炉と機械の動力を使って鉄を生産するため、職人の熟練した技能に頼っていたたたら製鉄では、生産量の面で全く歯が立たなかったのです。その後、戦時中の軍刀の需要で一時的にたたら製鉄が復活し、島根県に設置された「靖国たたら」で鉄が生産されたことがありましたが、それもやがて廃業。それから実に30年あまりの時を経て、1977年(昭和52年)に「日刀保たたら」として日本のたたら製鉄が蘇ったというわけです。

長らく技術の伝承が途絶えていたため、復元するのは簡単なことではありませんでした。しかも、鉄を量産するだけなら西洋式の製鉄法の方がずっと効率的ですから、労力に見合うだけの経済的価値も期待できません。にもかかわらず、なぜ今だに「日刀保たたら」ではたたら製鉄が続けられているのでしょうか。

その理由は、日本刀の保存にあります。

日本刀は、たたら製鉄によって得られる「玉鋼(たまはがね)」を原料としなければ、うまく作ることができないのです。

もちろん西洋式の製鉄法で作った鉄でも、日本刀の形は再現できます。切れ味も申し分ないとのことです。しかし、「折れず、曲がらず、よく切れる」という本来の強靭な日本刀は、玉鋼を使わないと作れない。

もしたたら製鉄が完全になくなってしまえば、本当の意味での日本刀の原料は手に入らなくなりますし、それと同時に、玉鋼から日本刀を生み出す伝統技術も失われてしまうことになります。このような事態にならないよう、「日刀保たたら」は現在も日本古来のたたら製鉄を続けているのです。

玉鋼で作った日本刀は錆びない

玉鋼1級品(日刀保たたら製)。Photo: Wikipedia (CC BY-SA 4.0)

 

日本刀のきわ立った特徴は、なんと言っても錆びないこと。古い日本刀でも、ほとんど錆びることなく当時の姿のままで発見されると言います。

日本刀が錆びない理由は、原料となる玉鋼にほとんど不純物が含まれていないためだと考えられています。不純物というのは、具体的にはリンや硫黄のこと。

鉄鉱石を製錬する西洋式の製鉄法では、鉄の中にどうしてもリンや硫黄が比較的多く含まれてしまいます。そして、長い年月で見た場合には、それが錆びの原因になってしまうのです。

一方、たたら製鉄によって作られる玉鋼には、リンや硫黄がほとんど含まれません。これはおもに原料の違いに由来するもので、たたら製鉄では鉄鉱石ではなく砂鉄を製錬するために、リンや硫黄が少なくなるのです。この不純物の少なさが、玉鋼の持つ唯一無二の長所であり、日本刀作りに玉鋼が欠かせない最大の理由になっています。

また、リンや硫黄は鉄の「もろさ」の原因にもなりますので、不純物の少なさは日本刀の強靭さにも貢献しています。 

たたら製鉄と西洋式製鉄法の比較。出典:渡邉克晃『身のまわりのあんなことこんなことを地質学的に考えてみた』ベレ出版

硬さと折れにくさを両立させる絶妙な炭素の量

不純物の少なさに加え、玉鋼には優れた点がもう一つあります。それは、鉄に含まれる炭素の量が1%1.5%という絶妙なバランスであること。

先ほど「玉鋼には不純物がほとんど含まれていない」と言っていたのに、炭素が1.5%も含まれているとはどういうことかと、疑問に思われたかもしれません。実は、鉄鋼材料の場合、炭素は性能を劣化させる「不純物」ではないのです。むしろ、性能を向上させるために必要不可欠な成分。

日本刀も、多くの他の鉄鋼製品も、「鉄」と言いながら、正確には「炭素入りの鉄」でできています。鉄だけだと軟らかすぎるため、少量の炭素を混ぜて硬い「鋼(はがね)」にして使っているわけです。

ただし、その量には絶妙なバランスが必要で、多すぎても少なすぎてもダメ。炭素の量が多くなれば、硬さは向上する反面、折れやすくなります。また、逆に炭素が少なすぎると、折れにくくはなりますが、今度は軟らかくて曲がりやすくなる。というわけで、日本刀も他の鉄鋼製品も、炭素の量を調節することで、「折れにくさ」と「曲がりにくさ」を両立させることが大切になるのです。

日本刀。Photo: Appie Verschoor / flickr

 

玉鋼は、炭素の量においても超優等生。はじめから最もバランスの良い濃度(1%1.5%)になっていますので、そのまま打ち叩くだけで最高の日本刀を作り上げることができます。

日本刀が「折れず、曲がらず、よく切れる」と称されるほど強靭なのは、リンや硫黄などの不純物の少なさに加え、炭素の量が絶妙であることがおもな理由と言えるでしょう。

とは言え、「玉鋼で作れば優れた日本刀ができる」という単純な話でもありません。日本刀作りに玉鋼が重要であることは確かですが、玉鋼を打ち叩いて刀身を鍛え上げていく過程もまた、原料と同じくらい、あるいはそれ以上に重要なのです。

実際、日本刀の優れた性能にはまだまだ謎が多いとのこと。例えば、極めて鋭利に研ぐことができる理由、金属学における理論値よりも硬度が高い理由、折り曲げて打ち叩くだけで接合面がくっつく理由(普通は溶かさないとくっつかない)、などなど。これらの謎を解く鍵は玉鋼を加工していく過程にあると考えられていますが、そこはまだ科学の入り込めていない、職人の感覚だけが頼りの神秘的な世界。とても興味深いですね。こういう世界にこそ、本当に大切な価値があるような気がします。

参考文献

刀剣ワールド『たたら製鉄の歴史と仕組み

刀剣ワールド『玉鋼の特徴

もっと知りたい人のためのオススメ本

渡邉克晃『身のまわりのあんなことこんなことを地質学的に考えてみた』(ベレ出版,2022)

書影『身のまわりのあんなことこんなことを地質学的に考えてみた』渡邉克晃(2022年11月18日刊行)
Amazon | 楽天ブックス

※この記事の内容を含め、身近な地質学の話題がたくさん紹介されています。

日本刀は玉鋼でしか作れない。今も残る島根県のたたら製鉄(渡邉克晃『身のまわりのあんなことこんなことを地質学的に考えてみた』より)

Granite x Suzuri shop banner