王冠の赤い宝石、実はルビーじゃなかった
イギリス国王が王位の象徴として身につける「大英帝国王冠」には、長さ5cmもの巨大な赤い宝石が飾られています。この宝石は、14世紀にエドワード皇太子に贈られたものだったため、「黒太子(こくたいし)のルビー」と呼ばれてきました。
「黒太子」(英語ではブラック・プリンス)と聞くと、何か悪いことをした皇太子なのかと疑ってしまいますが、黒い鎧(よろい)を着ていたことがその由来です。騎士道を貫いた立派な人物だったとのこと。
ところでこの宝石、長らくルビーだと思われてきたのですが、19世紀になって科学的に調べられた結果、実はスピネルであることが判明しました。
▼▼▼動画で見る▼▼▼
色では区別できず、結晶の形だけが手がかり
スピネルの典型的な色は赤色で、深みのある色合いが、ルビーととてもよく似ています。透明感やツヤの感じもほぼ同じ。
硬さではスピネルの方がやや劣るものの、それでも十分に硬く、ルビーのモース硬度が9、スピネルが7 ½〜8です。硬度8 ½の鉱物である金緑石(クリソベリル)で引っかいてみれば区別できそうですが、「黒太子のルビー」は王冠についている宝石ですから、そういうわけにもいきません。
そもそも、ルビーかスピネルかの区別がつかないのは、「黒太子のルビー」がきれいに加工された宝石(人の手で外形を整えられた宝石)だからです。加工される前の原石であれば、結晶の形から区別することができます。
スピネルの結晶の形は、正八面体が典型的。2つのピラミッドを底面どうしで貼り合わせたような形です。それに対し、ルビー(鉱物名はコランダム)の結晶の形は、おもに六角形の柱状や板状です。
このような結晶の形の違いは、ルビーとスピネルを見分ける有力な手がかりになります。
採れる場所も同じ
ルビーとスピネルは、採れる場所もよく似ています。
宝石になる赤くて美しいスピネルが見つかるのは、岩石の種類で言うと、「結晶質石灰岩」という真っ白な岩石の中が典型的です。結晶質石灰岩とは、粒の粗い方解石の結晶でできた岩石で、いわゆる「大理石」のこと。
この結晶質石灰岩からは、美しいルビーもよく見つかります。例えば、ミャンマーのモゴック地方は、宝石として最高級のルビーが採れることで有名です(写真のルビーは中国産)。そして、それほど量は多くないものの、同じ場所でスピネルも採れます。割れて元の結晶の形がわからなくなっていれば、見分けるのが難しいでしょう。
また、スピネルを含む岩石が風化してボロボロになると、岩石のかけらは土砂となって川を流れ下り、その途中で、スピネルや他の鉱物が川底にたまっていきます。ミャンマーでは川底にたまった土砂からもスピネルを集めることができるのですが、その中にはルビーも含まれています。
鉱物の解説:スピネル[尖晶石(せんしょうせき)]
基本的な結晶の形は正八面体。結晶の先端が尖って見えるという理由で、「小さな棘(とげ)」を意味するラテン語「スピネッラ」から名づけられました。日本語の鉱物名として「尖晶石」も使われます。
マグネシウム(Mg)、アルミニウム(Al)、酸素(O)をおもな成分とする鉱物で、純粋なものは無色透明。赤色は、不純成分としてわずかに含まれるクロムが原因です。赤いスピネルはルビーとよく似た色をしていますが、ルビーの赤色も同じくクロムによる色です。
赤色以外に、青色、暗緑色、黒色などもよく見られます。鉄またはコバルトをわずかに含むと、青色になります。
風化に対して強く、周りの岩石がボロボロになるほど風化しても、スピネルの結晶はそのまま残り、川底などに集積します。
もっと知りたい人のためのオススメ本
この記事の内容は、当サイト管理人(渡邉克晃)の著書『へんな石図鑑』からの抜粋です。書籍版もぜひお楽しみください。
『へんな石図鑑』渡邉克晃(秀和システム、2024年)