唐突ですが、もし今地球の重力がなくなったら、どんなことが起こるでしょうか?
私たちは重力で地面に引きつけられていますから、重力がなくなったら、ぷかぷか浮かぶかもしれないですね。
ぴょん、と飛んだら、もしかしたら雲の上かも・・・。
こんな想像、ちょっとワクワクしますね!
物理学的には、慣性力で空(宇宙)に飛ばされます。
よく言われる「遠心力で空に飛ばされる」というのは間違い。
この記事では重力がなくなったら物理学的に何が起こるかを解説し、さらに、仮に遠心力と同じ大きさの力で空に飛ばされたらどうなるかについても解説します。
重力って何?
さて、重力という言葉はよく聞くのですが、「重力って何?」と質問されると、なかなかすっきり答えられない人が多いと思います。
私たちを地面に引きつけている力には違いないのですが、地球の中心に向かっていろんなものを引きつけてる力は、正確には地球の「引力」であり、重力とはちょっと違います。
重力というのは、地球の引力と遠心力を合わせた力、なんです。
???
うーん、ややこしいですよね。
こちらの図を使って見ていきましょう。
地球表面の物体にはたらく重力は、地球が持っている引力(万有引力)と、自転によって生じる遠心力との合力(ごうりょく)です。
重力 = 地球の引力 + 遠心力
上の図を見ると分かりやすいですよね。
いつも私たちが「重力」と呼んでいるものは赤い矢印で示した力。
そして赤い矢印(重力)は、緑の矢印(引力)に青い矢印(遠心力)の影響を足し合わせたものということです。
なお、地球は完全な球形ではなく少しだけ赤道方向に膨らんだ「回転楕円体」ですが、限りなく球形に近いため、地球表面における地球の引力は緯度によらずほぼ一定です(緑の矢印の大きさはどこも同じ)。
ですので、遠心力(青い矢印)の影響が最大となる赤道付近が、最も重力(赤い矢印)の小さい場所ということになります。
遠心力で宇宙に放り出される!?
さて、気になるのは「もし地球の重力がなくなったらどうなるの?」ということでしたね。
「重力がなくなったら」という問いでしたが、上記の内容(重力=引力+遠心力)を踏まえると、正確には「地球の引力がなくなったら」という問いが適切だと思います。
ですので、ここでは引力がなくなった場合のことを考えてみたいと思います。
もし地球の引力がなくなったら・・・。
遠心力で空に放り出される!
正解!!!
・・・ではありません(残念ながら)。
でもそう考える人は多いのではないでしょうか。
だって、先ほどの重力の図で、引力(緑の矢印)がなくなったら遠心力(青い矢印)だけが残るように見えますものね。
でも、実は地球の引力がなくなると同時に遠心力も消えてしまうので、「遠心力だけが残る」ということは物理学的にあり得ないのです。
遠心力というのは、中心方向に引っ張る力があって初めて存在できる力なのですね。
と言うわけで、「遠心力で空に放り出される」というのは間違い。
正しくは・・・
「慣性力で空に放り出される!」です。
慣性力・・・
どこから出てきたんだ、慣性力。
上の図にも書いてないし・・・。
慣性力というのは、動いている物体(=慣性を持つ物体)に見かけ上かかっている力のことです。
わかりやすく例を挙げてみますね。
例えば、電車に乗っている人は、電車が急停車すると電車の進んでいた方向にそのまま倒れそうになりますよね。
まるで何かの力で押されたように、倒れそうになります。
なぜこうなるかというと、物体がこれまで続けていた運動状態(つまり電車と同じ速度で動いていた状態)を保とうとするから。
このような物体の性質を「慣性」と言い、それによってあたかも存在しているかのように見える見かけ上の力を「慣性力」と言います。
用語の解説はこのくらいにして、本題の「もし引力がなくなったら、慣性力で空に放り出される」について考えてみましょう。
地球表面の物体は、宇宙から見ると、地軸を中心とした円運動をしています。
この円運動の速度および方向を、地球上の全ての物体は保とうとするわけですね。
これが「慣性」。
で、ある瞬間に地球の引力が消えたとして、その「ある瞬間」における地球上の物体の速度および方向は、以下の通りです。
- 速度:地球の自転速度(緯度によって異なるが、赤道上では時速約1700 km)
- 方向:自転軸を中心にした円の接線方向
ですので、引力が消えた瞬間、地球上の物体は、地球の自転速度で円の接線方向に放り出されて等速直線運動をすると考えられます。
なお、こうやって物体を放り出してしまう力を便宜上「慣性力」と言うわけですが、先ほども言いましたように慣性力は見かけ上の力なので、実際に力がかかっているわけではありません(だから図中に矢印で描くことができない)。
ただ単に、地球の自転と同じ速度で物体が運動しているという、現象としてはそれだけのことです。
したがって、放り出された物体の加速度もゼロ。
「遠心力」に対する用語として「慣性力」という「力」で説明しましたが、現象としてはむしろ「慣性で空に放り出される」という言い方が適切です。
もし遠心力と同じ大きさの力で飛ばされたら?
以上のように、「地球の引力がなくなったら、慣性で空に放り出される」というのが今回の答えです。
ところで、「引力がなくなったら、遠心力で空に放り出される!」という想像も、実際には間違っているにしても興味深い想像ですよね。
だって、頭では違うと理解できても、感覚的には遠心力で飛んでいきそうですから。
そこで、ちょっと遠心力についても考えてみたいと思います。
地球の遠心力ってどのくらいなんでしょうか?
その遠心力でもし飛ばされたら、私たち、ものすごい勢いで空に放り出されてしまうんですかね・・・。
地球表面の遠心力は、計算によって求めることができます。
以下のサイトに計算方法が書かれていますので、興味のある人は参考にしてください。
▶︎ 地球表面の緯度φの地点における地球の回転による遠心力を求めてみよう→ http://www.bea.hi-ho.ne.jp/heigh-ho/web2/java/earth-ensinryoku.htm
では、計算してみますね。
地球の半径を6378 km、自転周期を23時間56分4秒(86164秒)とし、地球は球形であるとすると、赤道直下における地球の遠心力は0.03 m/s^2(単位の読み方は「メートル毎秒毎秒」)ほどになります。
遠心力が最も大きい赤道直下でも、0.034 m/s^2。
この値は、赤道付近での重力加速度9.78 m/s^2と比べると、はるかに小さいものです。
ちなみに北緯35°(日本の緯度の中心)では0.028 m/s^2です。
いずれにしろ、重力加速度の300分の1程度の小ささです。
しかし、こんな小さな力であっても、もし地球の引力がなくなった後も存在し続けたとしたら、私たちはけっこうな速さで宇宙に放り出されてしまうんです。
地表に立っている人がどのくらいの速さで地表から離れていくか、加速度(遠心力)から計算してみましょう。
計算に使うのは、高校の物理で登場する距離と時間に関するこちらの公式です。
さて、あなたが北緯35°(兵庫県あたり)に立っているとすると、たとえば初めの5分で上空1.3 kmを飛んでいるでしょう。
1時間もしたら、上空181 kmの高さに。
・・・けっこうな速さで地球から放り出されてしまいますね。
そして放り出される速度は、時間が経つにつれどんどん速くなっていきます。
おわりに
いかがでしたか。
もし地球の引力がなくなったら、「遠心力で空に放り出される!」ではなく、「慣性で空に放り出される」が物理学的に正しい理解です。
その速度は、赤道上で時速約1700 kmと言うものすごい速さではありますが、地球上の物体(私たち)にとっては、これまでと同じ運動状態を保っているだけ。
何らかの力で押されて飛ばされるわけではなく、今まで通りの運動をし続けた結果、いつの間にか宇宙まで飛ばされてしまっている。
そんなイメージです。
冒頭の「ぷかぷか浮かぶのかな?」という想像よりは、かなり厳しい現実・・・。
でもそれだけに、引力のありがたさが身にしみます。
私たちの世界って、地球の引力のような、普段はあまり意識することのない「当たり前のもの」に支えられて成り立っているんですね。
謝辞
下記の画像提供に感謝いたします。
- Khusen RustamovによるPixabayからの画像(人が宙に浮いている写真)
- きのこさんによるイラストACからのイラスト(生徒アイコン)
もっと知りたい人のためのオススメ本
大栗博司『重力とは何か アインシュタインから超弦理論へ、宇宙の謎に迫る』(幻冬舎新書,2012)
※メールでいただいたコメントを転載させていただきました(6/24管理人)。
大変興味深く、読ませていただきました。しかしながら引力がなくなると地球の中心に向かって引っ張る力がなくなるわけですから、直ちに遠心力も無くなり、赤道円周接線方向にそれまで持っていた地球の自転による速度で直線運動するのではないでしょうか?
コメントありがとうございます。
ご質問いただいた件ですが、「中心に向かう力(引力)がなくなると遠心力も存在できなくなる」というのは確かにその通りですね。
ですので、「遠心力で放り出される」というのは誤りでした。すみません。
ただ現象としては、「どんどんと地球から離れていってしまう」は、正しいのかなと思っています。
ご指摘の通り、慣性力で接線方向に放り出された物体は、初速のまま直線運動するはずです。
(そしてその速度は、すぐに地球の回転が止まらないとすると、しばらくは「地球の回転速度=物体の直線運動の速度」ということになります。)
それで、今観測者の視点を物体の放出地点に固定して、接線方向に飛び出した物体を放出後も観測し続けたとすると、「どんどん上空に登っていく」ことになり、距離の変化量は時間が経つにつれ概ね大きくなります(見える角度も変化していきますが)。
何が言いたいかと言いますと、「はじめの5分で1.3km、1時間もしたら181kmも上空に」というあたりの説明に関して、地球から放り出された物体がロケットのようにどんどん加速して離れていく印象を与えているため、慣性力で接線方向に飛びたす物体の等速運動と根本的な違いがあるように思えるのですが、放出点に固定した観測者にとっては物体は加速度的に遠ざかっていく、と言えるのではないかということです。
その時の加速度は遠心力から求められる加速度とは異なるので、結局は私の説明に間違いがあったのですが、現象として「加速度的に遠ざかる」という捉え方はそれほど間違ってはいないのかなと思います。
有意義な議論をありがとうございます。
アドバイスなどありましたら、ぜひよろしくお願いいたします。
管理人の渡邉です。
上記のコメントを元に、記事の本文を修正いたしました。
9/25現在、記事の記述に誤りはありません。