生命誕生前の原始地球にあったもの:大気・海・岩石
地球上に生命が誕生したのは約37億年前。
最初の生命誕生の「場所」については、海底の熱水噴出孔か、あるいは陸地の温泉地帯(温かい水たまり)であったと考えられています。
さて、海底熱水噴出孔か、あるいは温泉の温かい水たまりか、生命誕生の現場がどちらなのかわかりませんが、どちらであったとしても、生命誕生に欠かせない役割を果たした「あるもの」があります。
その「あるもの」とは、岩石。
生命誕生前の原始的な地球にあったものは、大気と、海と、あともう一つは岩石ですよね。
原始的な地球の表面も、今と同様に岩石に覆われていました。
海底も岩石ですし、約40億年前にできた陸地も、もちろん岩石です。
そして、岩石というのは、細かく見ると鉱物の集まり。
どんな岩石でも、石英とか長石とか黒雲母とか、そういった鉱物が寄り集まってできているわけです。
生命の誕生に重要な役割を果たしたのは、これら鉱物です。
鉱物は「無機物」ですので、一見すると生物とはあまり関係なさそうに思えるかもしれません。
その無機物の鉱物が、生命誕生に一体どんな役割を果たしたのでしょうか。
5つの重要な役割について、順番に見ていきたいと思います。
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鉱物が生命誕生に果たした重要な役割
(1)アミノ酸を紫外線や熱から守る「容器」の役割
生命の基本的な素材となるのはアミノ酸です。
まずは単純な原子や分子からアミノ酸が作られなければいけないのですが、意外なことに、アミノ酸は比較的簡単に作られることがわかっています。
海底の熱水噴出孔や陸地の温泉地帯はもちろんのこと、海水面でも、大気中でも、さらには宇宙でもアミノ酸は合成されます。
そのため、アミノ酸は隕石によって地球にもたらされたと考えている研究者も多くいるほどなのです。
ただし、問題もあります。
どこででも簡単に合成されますが、分解されるのも簡単なのです。
紫外線や熱ですぐに分解されてしまう。
そんなデリケートなアミノ酸にとって、鉱物はシェルターのようにアミノ酸を守ってくれる存在なのです。
海底熱水噴出孔であれば、アミノ酸は高温の熱水で分解されてしまいます。
しかし、熱水噴出孔の周りに集積する硫化鉄鉱物(鉄と硫黄からなる鉱物)が一緒だと、硫化鉄鉱物がアミノ酸の分解を防いでくれるため、長時間安定に存在できます。
また、陸地の温泉地帯であれば、オゾン層がなかった時代の強烈な紫外線によって、アミノ酸は簡単に分解されてしまうでしょう。
陸地でシェルターの役割を果たすのは、例えば長石などのありふれた鉱物です。
長石の表面は風化によって微細な穴がたくさん開いているので、その穴の中にアミノ酸が入り込むことで、紫外線から守られたと考えられるのです。
あるいは、もう少し穴の大きさは大きくなりますが、溶岩のように穴ぼこの多い岩石がその役割を果たしたかもしれません。
(2)アミノ酸を鎖状に長くつなげる「足場」の役割
アミノ酸が分解されずに残ったとして、その次の課題は、どうやってそれらがつながるかです。
アミノ酸は比較的簡単に、どこででも合成されると言いましたが、そのままでは生命にはなりません。
アミノ酸が生命になるには、まずはより複雑な分子であるタンパク質や酵素へと成長しないといけない。
そのためには、アミノ酸を何個も何個も鎖状につなげる必要があるのです。
遺伝物質(DNAやRNA)についても、同じことが言えます。
遺伝物質の構成単位であるヌクレオチドも、1つ1つは自然界で起こり得る比較的シンプルな化学反応で形成されることがわかっています。
しかし、個々のヌクレオチドが何個も何個もつながって鎖状の構造を作らないと、遺伝情報を記録することはできないのです。
さて、ここで鉱物の登場です。
アミノ酸やヌクレオチドといった単一の分子が長い鎖状につながるのを、鉱物が助けてくれるのです。
その役割を果たす鉱物は、具体的には、粘土鉱物と呼ばれるシート状のペラペラとした鉱物。
粘土鉱物というのは海底でも陸地でもありふれて見られる微細な鉱物で、どれも本のページのような(あるいはミルフィーユのような)形をしています。
雲母という鉱物も、ペラペラ剥がれますよね。
あんなイメージ。
粘土鉱物はその表面に有機分子(アミノ酸やヌクレオチド)をくっつける性質があって、ペラペラしたページの間(とても狭い隙間)に、これらの分子を取り込んでしまうのです。
そうすると、取り込まれた有機分子は互いの距離が近くなって、鎖を作りやすくなります。
しかも同じような向きで粘土鉱物にくっついているので、分子同士で互いの向きもそろってしまうという都合の良い状況。
こうして粘土鉱物は、アミノ酸やヌクレオチドがより複雑な構造へと成長する手助けをしてくれるのです。
(3)特定の型のアミノ酸だけを選別する「鋳型」の役割
アミノ酸が長い鎖を作ってより複雑な分子へと成長するとき、もう一つ重要なことがあります。
それは、特定の型のアミノ酸だけを選択的に集めなければならない、ということ。
どういうことかと言いますと、アミノ酸には、全く同じ化学組成のアミノ酸であっても、分子構造の違いで2種類のタイプがあるのです。
この違いは、アミノ酸という物質が、一つの炭素原子に4種類の異なる原子または分子を結合した立体構造をとっているために生じます。
下の図で具体的に見てみましょう。
この図のように、アミノ酸は四面体のような立体構造をしていて、全く同じ素材でできたアミノ酸分子でも、2通りの結合の仕方があり得るのです。
両者はちょうど鏡に映った像の関係なので、このような2種類のアミノ酸分子を「鏡像異性体」あるいは「光学異性体」と呼んでいます。
さて、両者はほとんど同じに見えますが、驚いたことに生物に利用されているアミノ酸は、このうちの片方だけに限られるのです。
上の図で言うと、「L-アミノ酸」と書かれているタイプのみ、生物に利用されている。
ですので、生命誕生の過程においては、「L-アミノ酸」のみが選択的に集められてアミノ酸の長い鎖が作られていったはずなのです。
一体どのようにして「L-アミノ酸」の選択が起こったのか。
鏡像異性体の片方だけを集めることは実験的にも非常に難しいプロセスで、これが自然界で起こったとなると、全く検討もつかない。
それくらいの難題なのです。
しかし、この難題に解決の糸口を与えたのが、鉱物でした。
方解石という炭酸カルシウムでできた鉱物には、その結晶面の違いによって、鏡像異性体を選別する機能があったのです。
水晶を思い浮かべてもらえば分かる通り、鉱物の結晶は平面を組み合わせた多面体でできていますよね。
その平面のことを結晶面と言い、方解石の場合、ある結晶面には「L-アミノ酸」ばかり、別の結晶面には「D-アミノ酸」ばかりといった具合に、選択的にアミノ酸をくっつける性質があるのです。
この性質は、方解石の結晶面の凹凸が、それぞれのアミノ酸がすっぽりと納まる「鋳型」になっているからだと考えられています。
方解石は石灰岩や大理石を構成する鉱物ですので、比較的どこにでも存在するありふれた鉱物。
方解石がアミノ酸の選別に重要な役割を果たした可能性は、十分にあり得ることなのです。
(4)アンモニアの合成を促進する「触媒」の役割
鉱物が果たした4番目の役割は、「触媒」としての役割です。
触媒というのは、特定の化学反応を促進させる物質のこと。
生命の誕生にとって鍵となる重要な化学反応の一つに、窒素と水素からアンモニアを生成するという反応があります。
アンモニアは、生物の細胞が窒素を獲得するために利用している物質で、生命誕生の際にも必須の材料だったと考えられています。
しかし、原始地球にあった素材と言えば、窒素(生物が利用できない形の窒素)と水素だけ。
窒素と水素からアンモニアを生成するには非常に高い温度が必要であり、もしそうなら大量のアンモニアが自然に生成したとは考えにくいわけです。
そこで、またまた鉱物の登場。
磁鉄鉱という酸化鉄の鉱物があれば、常温でも窒素と水素からアンモニアが生成するのです。
つまり、磁鉄鉱はアンモニアの生成反応において、触媒の役割を果たすわけですね。
磁鉄鉱もやはりありふれた鉱物で、海底の泥の中に含まれていたり、陸地では砂鉄として集積したりします。
(5)生命の構成元素を提供する「素材」の役割
5番目の役割は、鉱物の成分が直接的な生命の材料になるという、「素材」としての役割です。
前述の通り、生命誕生にはタンパク質や酵素の形成が不可欠なのですが、酵素の中には鉄や硫黄を含むものもあるのです。
そして、酵素の中に鉄や硫黄の元素が取り込まれるには、水に溶けた状態、すなわち反応しやすい状態でこれらの元素が存在している必要があるのです。
しかも、比較的多量に。
普通の海水や河川水に溶けている量では、全然足りません。
しかし、海底熱水噴出孔では別です。
海底熱水噴出孔の周りには硫化鉄鉱物が多く集積しているのですが、海底の高い水圧の下で、400度にも達する超高温の熱水にさらされると、硫化鉄鉱物から鉄や硫黄が溶け出してくるのです。
ですので、少なくとも海底熱水噴出孔においては、生命は酵素の素材として、鉄や硫黄を多量に利用できたと考えられるのです。
終わりに
以上、生命誕生において鉱物が果たした重要な役割について、5つの項目を見てきました。
- アミノ酸を紫外線や熱から守る「容器」の役割
- アミノ酸を鎖状に長くつなげる「足場」の役割
- 特定の型のアミノ酸だけを選別する「鋳型」の役割
- アンモニアの合成を促進する「触媒」の役割
- 生命の構成元素を提供する「素材」の役割
鉱物の特徴は、何と言っても規則性です。
原子や分子が整然と並んだ結晶であり、その構造は連続的な繰り返しのパターンを持っています。
そして、意外に思われるかもしれませんが、生物もまた極めて高度な規則性を持っているのです。
遺伝物質であるDNAの二重らせん構造は、その良い例だと思います。
これほどまでに整然と、美しい規則性を持っている生命という存在。
ある意味、生命誕生というのは、放っておけば無秩序になるしかない自然界において、特別に規則性が集積していった過程とも言えるのです。
無秩序に向かう自然界に、生命という「秩序」が生まれたと言ってもいいでしょう。
その無秩序な自然界と、高度な秩序を持つ生命との間を橋渡ししたものが、鉱物だったのです。
つまり、鉱物とは、生命に秩序を与えた存在なのです。
参考文献
- 日経サイエンス | 深海底の鉱物が育んだ生命(2001年8月号)
- 日経サイエンス | 生命の起源(2009年12月号)
- 日経サイエンス | 生命の陸上起源説(2018年3月号)
- WIRED | 「生命の起源」ついに明らかに? その想像以上にシンプルなメカニズム
- NHK | 謎 私たちはどこで生まれた? “生命の起源”に迫る!
- Miraikan | 物質が生命となった瞬間