ガヴァルニー圏谷(ピレネー山脈)
©︎Jicay-7 / flickr

氷河が生んだピレネー山脈北側の険しい地形

ヨーロッパ西部、フランスとスペインの国境に位置するピレネー山脈は、東西約430キロメートルにわたる大山脈。

ちょうどイベリア半島の付け根辺りにあって、3000メートル級の山々が北と南を分断しています。

 

冒頭の写真は、ピレネー山脈中央部の北側(フランス側)にある「ガヴァルニーの谷」で、氷河の侵食によってできた断崖絶壁。

上空から見ると馬の蹄(ひづめ)のような形に削り込まれていて、カーブを描く崖の長さはおよそ3000メートル、谷底からの高さは1500メートルほどになります(崖の頂上の標高は約2800メートル)。

 

春から秋にかけての暖かい季節には、崖の上から流れる雪解け水が滝を作り、冬にはそれらが凍って壮大な氷瀑(ひょうばく)ができる。

文豪ヴィクトル・ユーゴー(『レ・ミゼラブル』の著者)はこの巨大な断崖のことを、「天然のコロッセオ」と記載したそうです。

 

このガヴァルニーの谷に代表されるように、ピレネー山脈の北側には、氷河が作り出した絶壁と豊かな雪解け水からなる景観が広がっています。

滝や湖の多い山岳地帯なのですね。

 

一方、ピレネー山脈の南側(スペイン側)では、景観が大きく異なります。

南側ではなだらかな高原が広がり、その高原には巨大な渓谷が刻まれています。

そして、北側のように大きな滝や湖はありません。

 

ピレネー山脈の北側と南側でこのように景観が異なるのは、一つは日当たりの違いによります。

南側は日当たりが良いため山岳の氷河がほとんど残っておらず、北側のように雪解け水の流れが滝や湖を作らないのです。

 

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イベリア半島とユーラシア大陸が衝突してピレネー山脈ができた

ピレネー山脈の北側と南側で景観が異なるもう一つの理由は、山脈の形成過程にあります。

 

今から数千万年前、南側のイベリア半島(スペイン側)の陸地が北側のユーラシア大陸(フランス側)に衝突し、イベリア半島がユーラシア大陸の下に潜り込むような形でこの辺りの陸地を圧縮しました。

その結果、ピレネー山脈の一帯では大地が盛り上がり(隆起と言います)、さらにシワができるような形で折れ曲がったのです(褶曲と言います)。

これがピレネー山脈の形成過程と言うわけですね。

 

そして、この時の大地の折れ曲がり方が、ピレネー山脈の北側と南側で景観の違いを生むことになりました。

どういうことかと言いますと、衝突の際、南側にあるイベリア半島が北側のユーラシア大陸を押したので、折れ曲がった大地は北側に倒れ込んでしまい、非対称なシワになったのです。

つまり、南側がなだらかで、北側が急峻な斜面になったと言うこと。

 

その後、長年の侵食作用によって現在のピレネー山脈の景観が出来上がったわけですが、元々の山脈の形がこのように非対称だったために、南北で大きく異なる景観になったと言うわけです。

ピク・デュ・ミディ山頂の天文台と星空保護区

ピク・デュ・ミディ山頂の天文台
ピク・デュ・ミディ山頂の天文台(©︎Pascalou petit / Wikipedia

 

ピレネー山脈は世界有数の天体観測スポットでもあります。

特にピク・デュ・ミディ山(標高2877メートル)は、国際ダークスカイ協会(アメリカ)が認定する「星空保護区」の銀賞にも選ばれ、ピレネー山脈の3112平方キロメートルが保護エリアとなっています。

 

人工的な光害(こうがい)の影響がないことに加え、暗くて美しい夜空を保護するための積極的な取り組みを行っていることが認定の決め手となったわけですが、その役割を中心的に担っているのが、ピク・デュ・ミディ山の頂上にある天文台。

写真を見てもらうとわかる通り、山頂の切り立った崖の上に建てられています。

 

天文台を標高の高い山の上に建てる理由は、天体観測にとって不利になる大気の影響をできるだけ小さくするためですね。

大気は星からの光を吸収してしまいますし、微妙な発光現象によって宇宙空間よりもほんのり明るいですし、さらには、大気中の微粒子が地上からの光を散乱させたりもします。

星が瞬(またた)いて見えるのも、上空を流れる大気の影響。

 

というわけで、できるだけ標高の高い場所に建てる方が、天文台としては本来の性能を発揮しやすくなるわけです。

天文台の設置場所として、3000メートル級の山々が並ぶ険しいピレネー山脈が選ばれたのは、こうした理由があったからでした。

 

ピク・デュ・ミディ山の天文台の歴史は古く、建設が始まったのは1878年のこと。

1908年から運用が開始され、1963年にはNASA(アメリカ航空宇宙局)が口径106センチメートルの大型望遠鏡を設置し、有人月面着陸(アポロ計画)の準備のために、月の地形の詳細な撮影を行ったそうです。

 

大陸の衝突と氷河が生んだ地球の絶景、ピレネー山脈。

ここはまた、夜には壮大な星空という宇宙の絶景にも出会える場所なのです。

参考文献

場所の情報

もっと知りたい人のためのオススメ本

渡邉克晃『美しすぎる地学事典』(秀和システム,2020)

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