イギリス南部ビーチーヘッド(ビーチー岬)
©️Free-Photos / Pixabay

垂直にそびえる真っ白な断崖絶壁

イングランド南東部の海岸(グレートブリテン島の南東海岸)には、真っ白なチョーク岩の崖が連なっています。

その中でもひときわ高い場所が、ビーチーヘッドと呼ばれる断崖絶壁の岬。

海面からの高さは162メートルもあります。

 

冒頭の写真、崖の上に人が立っているのがわかるでしょうか。

あまりの高さに、見ているだけで怖くなってしまいますね。

名前は「ビーチーヘッド」なのに、「ビーチ(浜)」があるわけではなく、この通りの断崖絶壁。

名前の由来は「美しい岬」を意味するフランス語、「ブーシェフ」だそうです。

 

チョーク岩の「チョーク」というのは、教室の黒板で使っていたあのチョークと同じものです。

おもに炭酸カルシウムでできており、岩石の種類で言うと石灰岩の一種。

「カチカチに固まっていない石灰岩」みたいなイメージです。

チョークのことを日本語では「白亜」と言い、この白い地層が、地質時代の「白亜紀」の代表的な地層となっています。

 

ビーチーヘッドのチョーク岩ができたのは、白亜紀の後半。

約1億年から6600万年前までの期間だと見積もられています。

当時はまだこの辺り一帯は海の底で、海底に沈殿した炭酸カルシウムが白い泥となり、その泥がやがて固まってチョーク岩へと変化していきました。

 

その後、地殻変動によって海底が上昇(隆起)し、チョーク岩の地層は現在のように陸地になった。

でも、チョーク岩の陸地が「垂直な崖」になったのは、もっとずっと後の時代になってからです。

 

▼▼▼動画もあります▼▼▼

波の侵食と崩壊で垂直な絶壁になった

今から約1万年前に氷期が終わり、間氷期(かんぴょうき)に突入してから、世界的に海水面の上昇が起こりました。

この海面上昇によって、それまで地続きだったグレートブリテン島とユーラシア大陸は海に隔てられ、イギリス海峡ができたのです。

その結果、ビーチーヘッドを含むグレートブリテン島の南側の海岸では波による侵食が進み、陸地を構成していたチョーク岩が削られて行きました。

 

波による侵食では、崖の下の方が削られていきますよね。

そうすると、削られた部分の上の方の崖は、支えがなくなって崩壊する。

「下が削られ、上が崩壊する」を繰り返すことで、ビーチーヘッドのような垂直な崖が形成されて行ったのです。

実際、次の写真を見てもらうとわかる通り、ビーチーヘッドの崖下には崩壊したチョーク岩のかけらがたくさん散らばっています。

ビーチー岬のチョークの崖(イギリス)
ビーチーヘッドの崖下に散らばるチョーク岩のかけら(©︎Alexander Baxevanis / flickr

 

ところでこのチョーク岩、最初に述べた通り、カチカチの岩石というよりはもろくて削れやすい岩石です。

黒板に字を書くチョークと同じですから、何となく想像できますよね。

ですので、海の波によって簡単に削られて行ったのですが、一方で、頻繁に崖崩れが起こるほどもろくもありませんでした。

 

実は、やわらかいチョーク岩の地層の中には、硬いチャート岩の地層がサンドイッチのように挟み込まれていて、全体としては縞模様の地層になっているのです。

冒頭の写真を見ても、縞模様がよくわかりますね。

 

チャート岩は水晶や石英の成分である二酸化ケイ素でできていて、非常に硬い岩石。

グレートブリテン島のチョーク岩に挟み込まれているチャート岩は「フリント」と呼ばれる種類で、古くから火打石(ひうちいし)として利用されてきました。

 

そのようにビーチーヘッドのチョーク岩は、ただ削られやすいというだけでなく、硬い岩石の層に内側から支えられた構造をしているのですね。

この硬いチャートの層があることで、雨などによる地表面からの侵食が抑えられ、台地の端のような垂直な崖が形成されたと考えられます。

チョーク岩の原料はプランクトンの殻

チョーク岩は、海底に沈殿した炭酸カルシウムが固まることで形成されました。

では、その炭酸カルシウムはどこから来たかと言いますと、原料はプランクトンの殻(から)。

円石藻(えんせきそう)や有孔虫(ゆうこうちゅう)と呼ばれる種類のプランクトンで、これらが持っている炭酸カルシウムの殻が集まってチョーク岩となったのです。

 

それぞれのプランクトンについて、簡単に説明しますね。

 

円石藻は海洋に生息する植物プランクトンで、光合成をして栄養を得る単細胞生物。

「円石」、あるいは「ココリス」と呼ばれる円盤状の殻をいくつも体にくっつけていて、細胞全体が円盤に覆われた姿をしています。

この円盤の主成分が、炭酸カルシウム。

 

また、有孔虫は炭酸カルシウムの殻を持つアメーバのような生物で、こちらは光合成をしないプランクトン(動物プランクトン)。

殻の形は様々で、星形の突起を持つもの、巻貝のような渦巻き状のもの、円盤状のものなど、いろんなタイプが知られています。

わかりやすい例で言えば、沖縄のお土産で有名な「星砂(ほしずな)」は、星形の突起を持つ有孔虫の殻が集積した砂です。

 

これら円石藻や有孔虫が死ぬと殻ごと海底に沈んでいき、海底に沈殿した膨大な数の炭酸カルシウムの殻が、やがてはチョーク岩になっていくわけですね。

高さ162メートルもあるビーチーヘッドの白い崖が、ほぼ全てプランクトンの死骸でできているというのですから、スケールの大きさに驚かされます。

3000万年以上という地層の形成に要した時間の長さが、実感を伴って想像できるのではないでしょうか。

参考文献

場所の情報

もっと知りたい人のためのオススメ本

渡邉克晃『美しすぎる地学事典』(秀和システム,2020)


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