粘土がなくては化粧品の半数以上は作れない
粘土というのは、一般には粘り気のある土のことですが、地質学では「粘土鉱物」と呼ばれる微細かつ層状の一群の鉱物のことを指します。
よく知られているように、化粧品にも粘土(粘土鉱物)が使われています。「ミネラルファンデーション」とか「泥パック」という商品があるので、そうした一部の化粧品のことを指していると思われるかもしれませんが、じつはそれだけではありません。資生堂リサーチセンターによると、「化粧品産業では、粘土鉱物がなくては製品の半数以上は作ることができないと言っても過言ではない」とのこと(秦英夫『機能性素材としての粘土鉱物』)。
例えば、化粧水で水分を補充した肌には、水分が逃げないように、その上から保湿力の高い乳液やクリームを塗るのが一般的ですが、乳液やクリームのしっとりとして濃厚な使用感は、粘土を混ぜることで得られます。製品に適度な粘り気を出したいときに粘土が使われるわけですね。同様の目的で、ネイルエナメル(マニキュア)にも粘土が使われています。
また、固形ファンデーション(手軽に持ち運べるコンパクトタイプのファンデーション)をつくる際には、粘土を混ぜることで成型がしやすくなり、落下の衝撃にも強くなるという利点があります。
そのほか、口紅やネイルエナメルでパール光沢を出すのに粘土が使われたり、ファンデーションに不足しがちな保湿力を粘土とグリセリンでカバーしたり、といった使用例もあります。皮脂や余分な角質を取り除く泥パックも、主成分は粘土です。
化粧品業界で粘土がこのように重宝されるのは、粘土鉱物がもつ特徴的な性質のためです。今回は化粧品によく利用されている2種類の粘土鉱物、スメクタイトとマイカについて、詳しく見ていきます。
ゲル化と吸着力が特徴のスメクタイト
スメクタイトは、凝灰岩を起源とする粘土鉱物です。凝灰岩とは、海底に集積した火山灰や噴石が固まってできた岩石のこと。この凝灰岩が海底下深くに埋没することで高い圧力と地熱の影響を受け、少なくとも100万年以上、長いものだと2億年ほどの長い時間をかけてゆっくりとスメクタイトへと変化していきます。
スメクタイトの一番の特徴は、水を吸って膨らみ、ゲル化すること。ゲル化とは、サラサラの液体が、ゼリー状のプルプルした状態になることです。
水を吸って膨らむ性質を「膨潤性」といいます。「スメクタイト」は膨潤性をもつ粘土鉱物の族名(グループ名)で、細かくいうと、モンモリロン石、バイデル石、ノントロン石、サポー石などの鉱物種があります。
この中で化粧品に使われているのは、おもにモンモリロン石。とはいえ、スメクタイトの名前のほうがよく知られているので、ここではスメクタイトとして話を進めます。
さて、スメクタイトが膨潤性を持つのは、粘土鉱物特有の層状の結晶構造の中に、たくさんの水分子を取り込むことができるからです。
スメクタイトは各層の間にナトリウムイオンやカルシウムイオン、それから水分子を保持しているのですが、乾燥した状態では、スメクタイトの中に含まれる水分子は大して多くありません。しかし、十分な量の水に接すると、層間にたくさんの水分子を取り込み、元の体積の数倍から10倍程度にまで膨れ上がるのです。
ただし、これには少しだけ条件があって、劇的に体積が増加するのは、層間にナトリウムイオンを含むスメクタイトの場合だけです。ナトリウムイオンはカルシウムイオンよりも電気的な力が弱いため、層と層を引きつけておくことができず、層間にほぼ無限に水分子を取り込んで膨潤してしまうのです。
カルシウムイオンを含むタイプのスメクタイトでも膨潤は起こりますが、カルシウムイオンが層と層をしっかりと引きつけるために水分子の入る量は限られていて、途中で体積の膨張は止まります。ですので、「数倍の体積になった」などの大きな変化は起こりません。
ゲル化するには一枚一枚の層がバラバラになる必要があるので、ナトリウムイオンを含むタイプのスメクタイトのほうが、ゲル化には向いているといえます。
化粧品の乳液やクリームは、スメクタイトのゲル化の性質を利用することで、しっとりとした濃厚な使用感が出るように工夫されています。乳液のほうが水分が多いので軽い使用感になり、クリームはより重めの感触になりますが、いずれも粘土鉱物のスメクタイトが使い心地を決める要因なのです。
また、ネイルエナメルに粘り気を出すのにもスメクタイトのゲル化の性質が利用されていますが、こちらは水に混ぜているのではなく、トルエンやベンゼンなどの有機溶媒に混ぜています。スメクタイトは水分子だけでなく、さまざまな有機化合物をも層間に取り込むことができ、膨潤・ゲル化することができるのです。
それから、スメクタイトにはゲル化以外にもうひとつ、「吸着力が高い」という性質もあります。
各層の間に水分子や有機化合物を取り込んでしまうスメクタイト。これは、見方を変えれば、スメクタイトは自分自身にさまざまなものを吸着して、取り除いてしまうということです。
この性質を利用している典型的な化粧品が、美顔用の泥パック(クレイマスク)です。泥パックにはいろいろな商品があって、使われている粘土もさまざまですが、やはり代表格はスメクタイトを主成分とする製品。皮脂や余分な角質など、肌の老廃物をスメクタイトが吸着し、除去してくれます。
なお、膨潤・ゲル化の性質はナトリウムイオンを含むスメクタイトのほうが優れていますが、吸着力に優れているのはカルシウムイオンを含むスメクタイトです。少し細かい話になってしまいましたが、層間にどちらのイオンが入っているかで、同じスメクタイトでも、利用する場面が異なってくるわけですね。
それから、もう一つ補足です。スメクタイトと同じ意味で「ベントナイト」という名前が使われることもありますが、こちらは粘土鉱物の名前ではなく、スメクタイトを主成分とする岩石の名前です。スメクタイトのほかに、石英やクリストバル石、長石、方解石などの鉱物が含まれています。
平らな板状構造が特徴のマイカ
「マイカ」という名前も、「スメクタイト」と同じく、複数の鉱物種をひとまとめにした族名(グループ名)ですが、そこに含まれる鉱物は粘土鉱物に限りません。というより、マイカのなかの一部の鉱物種が非常に微細な結晶で産出するため、それらを粘土鉱物として扱っているという位置づけです。化粧品業界では「マイカ」という呼び名がすっかり定着しているので、ここでも「マイカ」で話を進めます。
さて、マイカの日本語名は「雲母」。代表的な鉱物種のひとつに白雲母がありますが、白雲母はしばしば非常に微細な結晶の集合体、すなわち粘土鉱物として産出し、磁器の原料として利用されています。このような白雲母は別名「セリサイト(絹雲母)」とも呼ばれます。
化粧品に使われるマイカの代表格、白雲母の特徴は、層間にカリウムイオンを含んでいることと、水分子を「取り込まない」こと。この2つのうち、化粧品にとって重要なのは後者の方です。
層間に水分子を取り込まないというのは、つまり、膨潤しないということですね。先ほどのスメクタイトとは真逆の特徴です。
層と層が一定の距離で固定されているので、白雲母などのマイカの結晶はとても平らな板状構造をしています。この性質は、陶磁器の原料や紙の塗工剤として使われるカオリン石と共通していて、マイカもカオリン石も、化粧品業界では固形ファンデーションを固めるために使用されます。ファンデーションの原料に板状の粘土鉱物を配合することで、圧力をかけた際に固まりやすくなり、落下などの衝撃にも強い、しっかりとした製品になるのです。手軽に持ち運べるコンパクトタイプの固形ファンデーションが誕生したのは、マイカやカオリン石のおかげなのですね。
また、マイカを改良した「雲母チタン」と呼ばれる人工の粘土鉱物は、口紅やネイルエナメルなどのポイントメーキャップにおいて、パール光沢を出すのに使われています。平らで滑らかなマイカの表面に、光をよく反射する酸化チタンをくっつけることで、真珠のような独特の光沢(パール光沢)を持つ粉末を作ることができるのです。
なお、雲母チタンに限らず、化粧品に使われるマイカは、人工的に合成されたものが主流です。天然のマイカには鉄などの余分な成分が含まれているため、肌に塗布した際、皮脂で濡れるとくすんでしまうという難点があるからです。
一方、合成のマイカは不純成分を含まない純粋な白雲母であり、無色透明。皮脂に濡れても白色を維持できるため、ファンデーションなどの性能を損なうことがありません。
参考文献
西浜脩二『化粧品における粘土鉱物の役割 雲母チタンを用いた機能性メーキャップ』粘土科学44,143-149(2005).
秦英夫『機能性素材としての粘土鉱物』J. Jpn. Soc. Colour Mater. 85,113–116(2012).
鬼形正伸『粘土基礎講座I ベントナイトの特性とその応用』
もっと知りたい人のためのオススメ本
渡邉克晃『身のまわりのあんなことこんなことを地質学的に考えてみた』(ベレ出版,2022)
※この記事の内容を含め、身近な地質学の話題がたくさん紹介されています。