元々の意味は「小さな石」
君が代は 千代(ちよ)に八千代(やちよ)に さざれ石の
巌(いわお)となりて 苔のむすまで
日本の国家『君が代』に、「さざれ石」という言葉が出てきます。漢字を当てれば「細石(さざれいし)で、文字通り「細かい石」、すなわち小さな石(小石)のことを指します。
歌詞を見てみると、「さざれ石の 巌となりて 苔のむすまで」とありますね。「巌」は、表面がごつごつした高く大きな岩。ですので、この部分の歌詞は、「小さな石が大きな岩となり、表面にたくさんの苔が生えるまで」という意味になります。
「小さな石が大きな岩になる」といっても、小石がボリュームアップして大きな岩ができるわけではありません。小さな石が「集まって」大きな岩になる、という意味です。小石や砂利が集まって固まり、硬い石になったものを、地質学では「礫岩(れきがん)」と呼んでいます。
海や川底に集積した小石が礫岩になるには、長い長い年月が必要です。一般に礫岩ができるには、集積した土砂によって地下深くに埋まり、上からの重さでギュウギュウに押さえつけられる必要がありますので、とても長い時間がかかるのです。
さらにそこから、『君が代』の歌詞のように「巌」として人の目に触れるようになるには、地下深くでできた礫岩が地殻変動によって陸上に姿を表し、表面が川の流れや海の波によって削られ、ごつごつした高くそびえる岩にならなければいけません。
そして、「苔のむすまで」というのですから、今度は周囲の地形の変化によって川の流れや海の波からも切り離され、山の中などにひっそりとたたずむ岩になる必要があります。川や海が近いと岩の表面がどんどんと削られていくため、苔がたくさん生えるような状況にならないからです。このようにしてようやく、表面が苔むした巌ができるというわけです。
いかがでしょうか。小さな石である「さざれ石」が苔むした巌になるまでには、人の一生と比べれば悠久ともいえる長い年月が必要です。これほどの長い時間、「君が代」が幾千代にも渡って続きますように、というのが歌詞の全体的な意味になります。「君が代」を狭い意味で解釈すれば「天皇の治世」ですが、現在では私たちの国を指す言葉として、「天皇を国家の象徴とするこの日本の平穏が、いつまでも続きますように」という意味で歌われています。
石灰質角礫岩の俗称としての「さざれ石」
上記の通り、『君が代』の歌詞に出てくる「さざれ石」は「小さな石」という意味ですが、この歌詞に由来して、「さざれ石」という俗称で呼ばれる特定の岩石もあります。小さな石が固まってできた礫岩の一種で、詳しい岩石名は「石灰質角礫岩」といいます。つまり、歌詞に出てくる「さざれ石の巌」に相当する岩石に、「さざれ石」という俗称が付けられているというわけです。
石灰質角礫岩とは、大小さまざまな石灰岩のかけらが集まって、その隙間をセメントのような成分が埋めている岩石です。石灰岩はセメントのおもな原料ですので、石灰岩の瓦礫が集積している場所では、雨で溶け出したセメント成分が瓦礫の隙間にしみ込み、やがて固まって、いわば天然のコンクリートができ上がるのです。
「石灰質角礫岩」の「石灰質」は、集積した小石が石灰岩のかけら(石灰質の岩石)であることを意味し、「角礫」とは、その小石が角ばっていることを意味しています。「礫」は小石のことですから、「角礫=角ばった小石」ですね。
このような特徴を持つ礫岩(石灰質角礫岩)を、巌になったさざれ石に見立てて、「さざれ石」と呼ぶようになりました。
国歌発祥の地、伊吹山の「さざれ石」
岐阜県と滋賀県の県境に位置する伊吹山(いぶきやま)のふもとに、「さざれ石公園」という名前の公園があります。そこには「国歌君が代発祥の地」と彫られた石碑とともに、横幅6mほどの巨大な石灰質角礫岩が据え置かれています。
伊吹山は石灰岩でできた山で、そのふもとには石灰岩のかけらが瓦礫となって集積しており、先ほどお話ししたようなセメント成分の溶け出しによって石灰質角礫岩が生まれました。「さざれ石」と呼ばれる岩は、神社の境内など日本全国に設置されていますが、最も広く知られている「さざれ石」は、ここ伊吹山の石灰質角礫岩です。
伊吹山の石灰岩は、約2億9000万年前〜2億5000万年前という大昔にできた石灰岩です。恐竜が現れるよりもずっと前の時代で、地質時代の名前でいうと、古生代のペルム紀に当たります。その頃、陸では植物と両生類が繁栄し、海ではサメの仲間が泳ぎまわったり、海底を三葉虫が這ったりしていました。
そんな大昔の石灰岩が、長い年月をかけて日本の伊吹山となり、その伊吹山のふもとに積もった石灰岩のかけら(小石)が石灰質角礫岩(巌)となり、苔むした姿で「さざれ石公園」に据え置かれています。確かに、国歌に詠まれている「さざれ石の巌」のモデルとしては、歌詞の意味にぴったりの経歴ですね。
ところで、この石灰質角礫岩は、一般的な礫岩とはでき方がかなり異なります。冒頭で少し述べたように、より一般的な礫岩は、海や川底に集積した小石が地下深くに埋もれてできるタイプのものです。小石(礫)の種類はさまざまで、ほとんどが石灰岩ではありません。固まり方も、セメント成分が小石の隙間を埋めて固まるわけではなく、上からの重みで押しつぶされながら、隙間に詰まった砂や粘土と一緒に圧力で固められます。また、小石(礫)の形に着目しても、角ばったものというよりは、川の流れで運ばれるうちに角が取れ、丸みを帯びたものが主流になります。
実際のところ、日本各地に設置されている「さざれ石」と名付けられた岩の中には、石灰質角礫岩ではない普通の礫岩もあります。また、石灰質角礫岩であっても、伊吹山から運ばれたものではなく、他の産地の石灰質角礫岩である場合もあります。
国歌に詠まれている「さざれ石の巌」のモデルは伊吹山の石灰質角礫岩ですが、とはいえ、それ以外の礫岩を「さざれ石」と呼んだとしても、意味としては十分に通じますね。小石が大きな岩となる地質現象を想像しながら、『君が代』の歌詞の意味を深く味わっていただけたらと思います。
参考文献
岐阜県揖斐川町『さざれ石公園』
岐阜の地学・よもやま話『岩石・鉱物[12] さざれ石 ~天然コンクリート~』
産総研地質調査総合センター『地質で語る百名山 伊吹山』
ジオランドぎふ『石灰質角礫岩』『笹又の石灰質角礫巨岩』
もっと知りたい人のためのオススメ本
渡邉克晃『身のまわりのあんなことこんなことを地質学的に考えてみた』(ベレ出版,2022)
※この記事の内容を含め、身近な地質学の話題がたくさん紹介されています。