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じっくり加熱することで甘みが増す

冬の風物詩の一つ、石焼き芋。石焼き芋屋さんは、なぜ石で芋を焼くのでしょうか。

電子レンジでもなく、オーブンでもなく、炭火焼きでもなく、なぜか加熱したアツアツの石の上に芋を乗せて焼いていますね。その理由は、温度と焼き時間にあります。

加熱した石からは目には見えない遠赤外線(波長の長い赤外線)がたくさん出ているのですが、遠赤外線には熱を伝える性質があるため、それによって芋の表面が温まります。ただし、遠赤外線は芋の中までは届かないので、温まった表面から内部へとじっくりと熱が伝わっていくことになります。このような方法で芋を焼くと、40〜75℃という比較的低い温度で、2時間ほどかけてじっくりと芋を焼くことができます。

この適度な加熱温度と焼き時間の長さが、石焼き芋の特徴です。長い時間をかけてじっくりと焼くことで、サツマイモの中に含まれるデンプンがより多く分解され、麦芽糖という甘味成分がたくさん作られるのです。

デンプンはお米にもジャガイモにも含まれていますが、サツマイモにはそれに加えて、デンプンを分解するための酵素、アミラーゼが含まれています。つまり、サツマイモを加熱するとデンプンがアミラーゼによって分解され、甘い麦芽糖が作られるというわけです。

そして、アミラーゼは90℃以上になると壊れてしまいデンプンを分解する能力を失ってしまうので、それ以下の温度で長い時間加熱することが甘みを増やす秘訣になります。

上記の通り、石を使って焼くと40〜75℃という低めの温度でじっくりと焼けますので、長時間に渡ってデンプンが分解され、甘い麦芽糖が芋の内部に蓄積されるのです。しかも、じっくりと焼くことで芋の水分が適度に失われ、麦芽糖が濃縮されるため、より甘く感じられるようになります。

電子レンジなどのその他の調理方法では短時間で90℃以上に達してしまうため、デンプンが少ししか分解されず、麦芽糖の量が増えません。また、水分の蒸発も少ないので、石焼き芋に比べてやや水っぽく感じられます。

よく使われる石は戸室石や那智黒

戸室石を使用した金沢城橋爪門の石垣。Photo: KimonBerlin (CC BY-SA 2.0)

 

ところで、石焼き芋屋さんはどんな種類の石を使って芋を焼いているのでしょうか。

よく使われている石は、石材名で言うと、戸室石(とむろいし)、那智黒(なちぐろ)、大磯(おおいそ)などです。それぞれどんな種類の岩石か、簡単にご紹介します。

戸室石は、石川県金沢市の戸室山周辺で採取される石材で、岩石の種類は安山岩。マグマが固まった石ですね。青緑色の「青戸室」と、明るい赤褐色の「赤戸室」の2種類があり、お城の城壁や庭石などに利用されています。

那智黒は、和歌山県の那智地方や三重県の熊野地方で採れる黒色の石材で、岩石の種類は粘板岩。泥が緻密に固まった岩石です。那智黒は真っ黒で光沢のある美しい石であるため、黒の碁石や硯石として利用されています。

大磯は、石というより砂利に付けられた石材名で、元々は神奈川県の大磯海岸で採取される粒の大きい砂利のことを指していました。全体に暗い青緑色の砂利で、岩石の種類としては凝灰岩。火山灰が固まってできた岩石です。現在は大磯海岸産のものではなく、フィリピンなど海外産のものが主流になっており、観賞魚用の水槽の底に敷く砂利として利用されています。

これらの石が石焼き芋を焼くのに使われるのは、石焼き芋屋さんの経験によるところが大きく、「遠赤外線が出やすいから」などの科学的な根拠は特にありません。岩石の種類によって遠赤外線の出やすさが少しずつ異なることは確かですが、石焼き芋屋さんにとっては、「どんな石を使うか」よりも「その石を使ってどう美味しく焼くか」の方が重要なのだそうです。

選ばれるのは加熱しても割れにくい石

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とはいうものの、石なら何でもいいというわけではありません。石焼き芋を焼くためには石をアツアツに加熱しなければならないので、安全性の観点から、加熱した時に割れにくい石が好まれます。調理中に石が割れて破片が飛び散ったら作る人もお客さんも危険ですから、これは大切なポイントですね。

また、石焼き芋を焼くのに使われる石は、どれも角がとれて丸みを帯びた形の、小さめの石ころです。粒の大きさは大体1〜2.5cmくらい。芋に傷が付きにくかったり、芋焼き器に敷き詰めやすかったりするのでしょう。

どんな理由にせよ、丸みを帯びた小さめの石が好まれるということは、加工のしやすさも考慮する必要があるということです。その点から言えば、「大磯」は海岸で採れる砂利なので最初から小粒で丸みを帯びており、石焼き芋に向いていることになりますね。

そのほか、価格や手に入りやすさなども考慮しつつ、それぞれの焼き芋屋さんが好みの石を選んでいると言えそうです。

参考文献

大人の週末Web『石焼き芋はなぜ石で焼くのか。どの石で焼けばいいのか、石屋に直撃!!

日経電子版ライフコラム『ほくほく石焼きいも どうしてあまーいの?

コトバンク『那智黒

尾谷賢『天然物の遠赤外放射特性』(北海道立工業試験場報告293,1994)

平塚市博物館『石材図鑑 砂利

もっと知りたい人のためのオススメ本

渡邉克晃『身のまわりのあんなことこんなことを地質学的に考えてみた』(ベレ出版,2022)

書影『身のまわりのあんなことこんなことを地質学的に考えてみた』渡邉克晃(2022年11月18日刊行)
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※この記事の内容を含め、身近な地質学の話題がたくさん紹介されています。

石焼き芋に石を使う理由(渡邉克晃『身のまわりのあんなことこんなことを地質学的に考えてみた』より)