地学博士のサイエンス教室 グラニット

地球科学コミュニケーター・渡邉克晃のブログです。

流れるようならせん形の縞模様。アリゾナ州のアンテロープキャニオン

ロウワー・アンテロープ・キャニオン
©︎Hans Braxmeier / Pixabay

流れるような模様の岩のアーチ

渦巻く水の流れのような、なめらかで繊細な縞模様。

アメリカ合衆国アリゾナ州北部のアンテロープキャニオン(レイヨウの渓谷)は、砂岩の侵食によってできた幅の狭い渓谷です。

光に照らされた岩肌に縞模様の陰影が浮かび、とても神秘的な風景ですね。

 

ここは先住民族であるインディアン部族の一つ、ナバホ族の土地に位置していて、ナバホの言葉では「ハスデトワジ」と呼ばれています。

意味は、「らせん形の岩のアーチ」。

 

アンテロープキャニオンのような幅の狭い渓谷は「スロットキャニオン」と呼ばれていて、アンテロープキャニオンが形成された砂岩の地層(「ナバホ砂岩層」と言います)には、他にもたくさんの小さな渓谷ができています。

 

冒頭の写真だけでは、なかなか「渓谷」のイメージが湧かないかもしれませんね。

アンテロープキャニオンを上空から見ると、こうなっています。

ロウワー・アンテロープ・キャニオン(上空からの全景)
ロウワー・アンテロープキャニオンの全景(©︎brewbooks / flickr

 

上空から全景を眺めると、川の流れによってできた谷地形であることが、よくわかるのではないでしょうか。

そして、渓谷の崖をつたってこの狭い割れ目の中へ降りていくと、割れ目の中には先ほどの神秘的な空間が広がっているのです。

渓谷の形状はおおむね「V」の字になっており、底に行くほど狭くなります。

 

なお、アンテロープキャニオンには2つの見学ルートがあって、写真の場所は「ロウワー・アンテロープキャニオン」と呼ばれる場所です。

もう一つの見学ルート、「アッパー・アンテロープキャニオン」はここから10キロメートルほど離れた場所にあり、そちらは地表とほぼ同じ高さに渓谷の入口が開いているため、崖を降りる必要がありません。

観光地として有名なのは、後者のアッパー・アンテロープキャニオンです。

 

▼▼▼動画もあります▼▼▼

鉄砲水がえぐり、風がなめらかに仕上げた

アンテロープキャニオンの独特の地形は、大地の割れ目に鉄砲水が流れ込むことで、少しずつ削られてできたと考えられています。

 

鉄砲水というのは、谷の上流部で発生した短時間の豪雨により、谷の下流部に一気に水が流れ込む現象です。

しかも、ただの水ではありません。

水と一緒に石や泥、場合によっては大きな岩や丸太まで流れてくるとても危険なものです。

 

アリゾナ州は基本的には乾燥した地域なのですが、7月から9月にかけてのモンスーン(季節風)の時期には、しばしば短時間の集中豪雨が発生します。

アンテロープキャニオンの上流で集中豪雨が発生すると、谷間に沿って鉄砲水が流れ込むわけですが、鉄砲水は狭い岩の割れ目において勢いを増し、激しい水流で岩をえぐっていくのです。

 

「漏斗」の原理と似ていますね。

漏斗の細くなっている部分が、アンテロープキャニオンの狭い割れ目に相当します。

 

このような水の侵食が繰り返されることにより、徐々に渓谷の通路が開いていきました。

そして岩壁の表面は角が取れ、現在のような優美な曲線を描く、なめらかな姿になっていったというわけです。

 

また、アンテロープキャニオンの形成には、風による侵食作用も関係しています。

モンスーンの時期以外は非常に乾燥した土地ですので、風が吹くと砂が舞い上がり、アンテロープキャニオンの岩壁には無数の砂つぶが吹き付けられる。

 

その砂つぶの衝突によって、あるいは風そのものの力によって、鉄砲水でえぐられた壁面は徐々に削られていき、なめらかさを増していったのです。

 

アンテロープキャニオンの岩壁は、ゴツゴツしているのに角が取れてなめらか。

だからこそ優美な曲線を描く神秘的な渓谷になりました。

鉄砲水が深くえぐり、風が表面をなめらかに仕上げた、その結果というわけです。

 

なお、鉄砲水は現在でも起こるので注意が必要です。

1997年8月には、11人の観光客が犠牲になる事故が発生しました。

この時、アンテロープキャニオンには雨が降っていなかったそうですが、上流11キロメートルほどの場所で降った大雨により、何の前触れもなく鉄砲水が流れ込んできたそうです。

恐竜時代の砂丘が岩になった

アンテロープキャニオンは、「ナバホ砂岩層」と呼ばれる砂岩の地層にできた渓谷です。

 

「砂岩」というのは字の通り「砂でできた岩石」ですが、海や湖の底にたまった砂が固まってできる場合と、陸地の砂丘などが固まってできる場合とがあります。

ナバホ砂岩層は後者のタイプで、砂丘が固まってできた砂岩。

 

侵食されやすいやわらかな砂岩だったため、前述の通り、ナバホ砂岩層にはたくさんのスロットキャニオンが形成されました。

また、淡いピンクから鮮やかなオレンジまで、ナバホ砂岩層の色彩は変化に富んでいますが、これは酸化鉄の影響によるものです。

 

ナバホ砂岩層の形成された時代はおよそ1億8000万年前で、この頃は「ジュラ紀」と呼ばれる恐竜時代に当たります。

恐竜時代の砂丘が固まって、アンテロープキャニオンの地層になっているわけですね。

 

そして、地層の厚さにも注目です。

 

ナバホ砂岩層はとても分厚くて、場所によっては厚さが600メートル以上もあるのです。

とてつもない量の砂ですが、そんな大量の砂が一体どこから来たのでしょうか。

 

どうやら、はるか東のアパラチア山脈だというのが研究者の見解。

川に流されて西へ移動し、その後、風に運ばれてアメリカ大陸西部に集積し、巨大な砂山になっていったとのこと。

 

ナバホ砂岩層がこれだけの厚さになるのに要した時間は、1500万年以上と言われています。

参考文献

場所の情報

もっと知りたい人のためのオススメ本

渡邉克晃『美しすぎる地学事典』(秀和システム,2020)

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