ウィキペディア(Wikipedia)が提供する情報への信頼性については、匿名による編集が可能という観点から、疑問に思う人も多いのではないかと思います。 私(代表・渡邉)は、2020年12月に刊行された『美しすぎる地学事典』において、日本語版および英語版のウィキペディアを、参考文献として多数利用しました。このことに関しまして、「ウィキペディアは参考文献としてふさわしくない」とのご意見がありましたので、少し補足させていただきます。
私が参考文献としてウィキペディアを使用した理由は、おもに次の4点です。
- ウィキペディアの記事は、根拠となった出典まで閲覧できる
- ウィキペディアを参考文献にすることで、本書の情報ソースへ読者が容易にアクセスできる
- ウィキペディアは大衆の監視の目にさらされることで、「集合知」を確立してきた
- 学術雑誌『ネイチャー』が、客観的にウィキペディアの正確性を評価している
順番に説明したいと思います。
1. ウィキペディアの記事は、根拠となった出典まで閲覧できる
私自身、ウィキペディアの情報を完全に信頼しているわけではありません。しかし、全く根拠のないことが書かれているとも思っていません。ウィキペディアに限らず、インターネット上の情報というのは、大なり小なりそういう状況にあるはずです。
ですから、どんな情報を利用するときも、常に疑いの目をもって臨む必要があります。「これって本当かな?」という視点で情報を見るわけですね。そして、情報を利用する人が適切な疑いの目をもって利用するならば、インターネット上の情報というのはとても有用なものです。実際、多くの人が利用しています。
さて、ウィキペディアを閲覧していて「これって本当かな?」と思うことは、実は結構あります。特に具体的な数値とか、聞いたことがないような新しい論説とか。そういうとき、私は必ず、ウィキペディアの記事の出典を確認します。何を根拠に言っているのかなと、引用元をたどって確認するわけです。
ウィキペディアの運営方針として、出典の明記は特に力を入れている部分です。ウィキペディアの「信頼できる情報源」という項目には、次のように書かれています。
ウィキペディアの記事の出典には、信頼できる公刊された情報源を使用するべきです。
そして、出典が明らかでない場合は、「これは書きかけの項目です」とか、「要出典」などと注意書きがなされているので、すぐにわかります。このような情報は、当然ながら参考文献として利用できません。
もちろん、出典を確認した結果その出典が怪しければ、ウィキペディアのその記述は信頼せずに別の情報源を探します。参考文献には入れません。つまり、私がウィキペディアを参考にする際には、本文をそのまま信じているわけではなく、出典を確認して参考にしているということです。
また、自分の知識や経験と照らして、少しでもウィキペディアの記述(数値や論説)に不安を感じたら、他の情報ソースも広く調べて、一般的な知見と乖離していないかどうか確認するようにしています。
この辺りはリサーチの「量」が重要になると思っていて、下記の動画でも解説しています。インターネットを情報源として、いかに正しい情報を得るかについての考え方です。
2. ウィキペディアを参考文献にすることで、読者が情報ソースへ容易にアクセスできる
ウィキペディアに限らず、本書の参考文献に挙げたものは、どれもアクセスしやすい情報ソースです。
具体的には、
- ウィキペディア
- 科学雑誌のウェブ版
- 新聞・ニュースのウェブ版
- 絶版になっていない一般書
- ウェブ上で公開されている学術論文
などですね。これらは、ある意味で誰でも検証可能な情報源です。インターネットで調べるか、Amazonで本を購入すればすぐに自分で調べられます。ですので、本書の読者が「もっと知りたい」と思った時に、もっと学ぶための実際的なガイドラインになる文献リストなのです。
一方で、専門家が書いた権威ある情報源ということになると、
- 専門書
- 学術論文
などになります。これらは高価であったり、大学や研究所のように閲覧ライセンスをもっている組織でないと、見られなかったりします。本書を読んでくれた読者が「もっと調べたい」「自分で確認したい」と思っても、参考文献が専門書と学術論文ばかりであれば、なかなか難しいというのが現状です。
そして、実はウィキペディアの記事は、出典としてまさに専門書や学術論文を積極的に使っています。出典を確認して利用するなら、ウィキペディアは一定の信頼性を確保できる上、誰でもアクセスできるとても有用なツールなのです。
3. ウィキペディアは大衆の監視の目にさらされることで、「集合知」を確立してきた
「集合知」という言葉があります。ざっくり言えば、「大衆の意見は意外に正しい」という傾向を指摘した言葉です。匿名で不特定多数の人が編集できるという点で、ウィキペディアも「集合知」の代表例ですね。
なぜウィキペディアのような「大衆の意見」が意外に正しくなるのかというと、多くの監視の目にさらされることで、間違った情報が取り除かれていくからです。
例えば、ある閲覧者がウィキペディアで間違いを発見したとしましょう。その人はどうするかというと、自分と関係なければ無視するでしょう。でも、何らかの理由でその間違いに我慢できない時、その人は自分が編集者になって記事の改定を行うかもしれません。あるいは、「編集なんてめんどくさい」と思う人でも、ウィキペディアの運営者にクレームのメールを送ることはできます。
この監視の目は、ウィキペディアの利用者が多ければ多いほど、間違いの除去に役立ってくれます。
【参考】QONジャーナル「一般人の知恵を集めた「集合知」は信頼に足り得るか」
【参考】日立総合計画研究所「集合知」
4. 学術雑誌『ネイチャー』が、客観的にウィキペディアの正確性を評価している
最後に、権威ある学術雑誌『ネイチャー』による第3者目線からの評価についても、一応書いておきます。これは英語版のウィキペディアに関してですが、42項目の様々なトピックスに関して、ウィキペディアとブリタニカ百科事典の記述を専門家が確認したところ、記述の正確性はおおむね同等だったということです。(注:ブリタニカ百科事典は、学術的評価の高い伝統ある国際百科事典です。)
その内訳は、深刻な間違いについてはどちらも4件ずつ、誤記や誤解を招く表現は、ウィキペディアが162件、ブリタニカ百科事典が123件でした。この差を大きいと見るか小さいと見るかは意見の分かれるところですが、少なくとも調査を実施した『ネイチャー』誌は、「同じくらい正確」と評価したようです。
【参考】CNET News.com「「Wikipediaの情報はブリタニカと同じくらい正確」–Nature誌が調査結果を公表」(2005年12月16日)
おわりに
拙著『美しすぎる地学事典』の参考文献にウィキペディアを使用した理由について、以上4つをご説明しました。ウィキペディアの情報は、よく吟味して使うならばとても有用なものだと思っています。そして、今回のように「ウィキペディアの信頼性」そのものについて議論ができるというのは、他のインターネット情報にはないウィキペディア独自の優れた点であり、このような批判を通してますます良いサービスになっていくのではないかと思います。
ウィキペディアを参考文献に使うことの是非については、今後も読者の皆様と続けて議論ができればと思います。また、出典元に関わらず、『美しすぎる地学事典』に間違いを発見された場合には、お手数ですがご教示いただければたいへん嬉しく思います。どうぞよろしくお願いいたします。
参考文献
- Wikipedia「Wikipedia:信頼できる情報源」
- 日下九八「ウィキペディア:その信頼性と社会的役割」情報管理 55巻1号(2012年)
- QONジャーナル「一般人の知恵を集めた「集合知」は信頼に足り得るか」
- 日立総合計画研究所「集合知」
- CNET News.com「「Wikipediaの情報はブリタニカと同じくらい正確」–Nature誌が調査結果を公表」(2005年12月16日)