鉄は鉄によって研がれる
世界で最も硬い物質であるダイヤモンドは、他の何物によっても傷をつけることができません。
この硬さのゆえに、石材の研磨などでダイヤモンドは重宝されています。
それでは、ダイヤモンドを削るにはどうすればいいのでしょうか。
宝石のダイヤモンドは美しくカットされ、それぞれのカット面は完璧に磨き上げられています。
ですので、最高の硬度を持つダイヤモンドも、なんらかの形で削らなくてはいけないわけです。
しかし、「モース硬度10」を誇るダイヤモンドの硬さは圧倒的で、ダイヤモンドよりも硬い物質は存在しません。
一体どうしたものでしょうか。
実は、ダイヤモンドの研磨には、同じくダイヤモンドの粉が使われます。
何かを削りたい時、それよりも硬い研磨材を使えば効率よく削れますが、必ずしもそうである必要はありません。
削りたいものと同等の硬さの研磨材でも、ちゃんと削ることはできるのです。
聖書の格言に、「鉄は鉄によって研がれ、人はその友によって研がれる。」(新日本聖書刊行会『聖書 新改訳2017』)というものがありますが、最高に硬いものを削るには、その物同士で削り合うしかないということです。
鉄よりももっと硬いダイヤモンドであれば、なおのこと、「ダイヤモンドはダイヤモンドによって研がれる」しかないわけですね。
原石のカットはレーザーで
さて、ダイヤモンドはそれ自体が美しいものですが、宝石としての価値を最大限に引き出すには、カットの仕方が重要になってきます。
ダイヤモンドの加工職人は、美しい原石を選別したら、研磨の前にカットの方法をあれこれ考えます。
現代では3Dスキャナを使って原石の立体画像をコンピューターに取り込み、最も大きく、かつ美しい宝石を作り出すカット方法を決めていきます。
原石の形は様々ですので、一つの原石から2個以上の宝石を切り出すこともしばしば。
ここで必要になってくるのが、ダイヤモンドを「切る」という工程です。
もちろん原石を徐々に削っていくという加工方法もありますが、とても時間がかかりますし、コンピューターで計算した通りの面にするのは、とても困難な作業。
そして、計算上は2個以上の宝石が取れる原石であっても、削りながら加工するなら1個しか取れず、残りの部分はすべて「削りカス」になってしまいます。
だから、なんとかしてダイヤモンドを切りたい。
そこで用いられるのが、レーザー加工という方法です。
レーザーとは、特定の色の光や赤外線を増幅させて作る強力な光のことで、一直線にまっすぐ照射できるという特性があります。
レーザーの種類にはいろいろありますが、レーザーとそれを当てる物質との組み合わせによって、反射したり、透過したり、局部的に熱が上がったりします。
ダイヤモンドの加工に使われるのは、「YAGレーザー(ヤグレーザー)」と呼ばれる赤外線を増幅したレーザーで、ダイヤモンドに当てるとピンポイントでその部分だけが加熱されます。
ダイヤモンドは炭素でできていますので、実は強烈に加熱されると空気中の酸素と反応し、二酸化炭素になってどこかに飛んで行きます。
この反応を利用すれば、YAGレーザーを当てた部分だけを細い線状に気化させることができ、ダイヤモンドを切断することができるのです。
なお、「YAG」はイットリウム・アルミニウム・ガーネット(Yttrium Aluminum Garnet)の略で、赤色の宝石ガーネットと同じ結晶構造を持つ、イットリウムとアルミニウムと酸素でできた人工結晶です。
ダイヤモンドの輝きが特別な理由
このように、宝石としてのダイヤモンドの美しさは、レーザー加工による計算されたカットと、ダイヤモンドの粉を使った職人技の研磨によって生み出されています。
ここでちょっと逆説的に考えてみたいのですが、他の石でも同じようにカットと研磨をすれば、ダイヤモンドのように美しくなれるのでしょうか。
当然ながらそんなことはありませんよね。
誰もがダイヤモンドは特別だと知っています。
でも、ダイヤモンドって、基本的には無色透明です。
水晶やガラスと色は変わらない。
それなのに、カットして研磨すると、きらめくばかりの輝きを放ちます。
水晶をダイヤモンドと同じブリリアント・カットにしても、あの輝きは得られません。
ダイヤモンドがきらめくのは、水晶よりも光を強く反射し、なおかつ中を通った光が虹の7色にしっかりと分かれるからです。
まず反射についてですが、水晶のように透明で表面が滑らかな物体に光が当たった時、光の一部は反射し、一部は物体の中を透過します。
光が最もよく透過するのは、物体の表面に対して垂直に光が当たった時。
この時、水晶の場合はほとんど全部の光が透過してしまい、反射するのは5%程度です。
ガラスの場合も4%ほど。
これに対してダイヤモンドの場合、光が垂直に当たるという条件であっても、約17%の光が表面で反射します。
だから、ダイヤモンドは照り返しが違う。
光が当たった時に、キラッと強く輝くのはこのためです。
そして反射に関してもう一つ、大事なことがあります。
実はダイヤモンドの場合、表面で反射しなかった光も、その多くは後ろに通り抜けてしまうことなく、内部で反射して再び表面から放出されるのです。
どういうことかと言いますと、表面で反射せずにダイヤモンドの中に入った光は、今度はダイヤモンドの後ろから空気中に出ようとするわけですが、その境界面ではよほど垂直に近い角度で外に出ない限り、当たった光のほぼ100%が反射して、内側へ戻されてしまうのです。
これは「全反射」と呼ばれる現象で、ダイヤモンドから空気中へ出ようとする光が、境界面で大きく曲げられることで起こります。
ダイヤモンドは他の物質に比べてその曲がり方が激しい(=屈折率が大きい)ので、垂直に対して約24°以上傾いた光は、全反射してダイヤモンドの中に閉じ込められてしまいます。
そして、何度かダイヤモンドの中で全反射を繰り返したのち、ダイヤモンドの上面から放出されます。
表面で反射しなかった光まで、内部で反射させて「打ち返す」なんて、ダイヤモンドは驚きの反射性能を持っていますね。
水晶の場合はこの角度が40°ほどなので、なかなか全反射が起こらず、中に入った光はそのまま後ろに通り抜けてしまいます。
このような反射性能によって、ダイヤモンドは強い輝きを放つことができるのです。
次に、ダイヤモンドがきらめく理由の2つ目、「中を通った光が虹の7色にしっかりと分かれる」についてですが、これはダイヤモンドの放つ光が虹色に見えることと関係しています。
ダイヤモンドが放つ光は、ただ強いだけではありません。
傾けたり回したりして見ると、キラキラと虹色の光を振りまきます。
この虹色の光は、先ほど説明した「何度かダイヤモンドの中で全反射を繰り返した光」によるものです。
全反射では当たった光が全て反射するわけですが、光の成分は虹の7色からなっているため、光の色ごとに反射した後の経路が少しずつ異なってきます。
つまり、全反射を繰り返すたびに、ダイヤモンドの中に入った光は7色の光に分かれていくのです。
ダイヤモンドは内部での全反射が起こりやすい上に、色ごとの光の分かれ方も他の物質に比べてはっきりしています。
そのため、ダイヤモンドから放たれる光は虹色に輝いて見えるのです。
光を強く反射させる性能と、光をはっきりと分ける性能。
この2つの性能が、ダイヤモンドの輝きを特別なものにしているのです。
参考文献
GIA『宝石事典 ダイヤモンド』
Wedding News『ダイヤモンドの輝き「ファイア」について』(2017年9月15日)
K.UNO『ケイウノのマイスター達 Vol.3 世界最高評価の輝きを生む研磨職人』
レーザ加工NAVI『レーザって何?』
Diamond Bourse『ダイヤモンドの輝きについて』
黒田和男『光学 第9章 偏光と結晶光学』
もっと知りたい人のためのオススメ本
渡邉克晃『身のまわりのあんなことこんなことを地質学的に考えてみた』(ベレ出版,2022)
※この記事の内容を含め、身近な地質学の話題がたくさん紹介されています。