珪藻土は微生物の殻が集積した白い土
お風呂上がりの足元をサラサラに保つ、珪藻土バスマット。ぬれた足で踏んでも水気をサッと吸い取ってくれるので、いつも快適です。このバスマット、普通のタオル地のバスマットとは質感がかなり違っていて、何だか硬くて重たいですね。その理由は、名前の通り「珪藻土」という土でできているからなのですが、珪藻土とは一体どんな土なのでしょうか。
珪藻土は、「珪藻」と呼ばれる水中微生物の殻が大量に集積してできた白っぽい土です。主な成分は二酸化ケイ素で、ガラスとほぼ同じ。
二酸化ケイ素でできた鉱物には石英がありますが、「石英の細かい粒が集積した土」というわけではありません。結晶化している石英に対し、珪藻の殻は結晶化していないため、ちょっと違うのです。やはりガラスに近い物質。さらに言えば、単純なガラスの粉末よりも複雑な構造をしていて、それゆえに水気をサッと吸い取ってくれるのですが、その話はまたのちほど。
さて、珪藻土は「水中微生物の殻」と言いましたが、ガラスのような殻を持った微生物なんて、ちょっと想像しにくいのではないでしょうか。水の中にすむ微生物といえば、理科の教科書に出てくるミカヅキモやゾウリムシが頭に浮かびますが、何だか柔らかそうで、殻を持っているようには見えません。
ところが、ガラスの殻を持つ微生物、つまり珪藻は、どこにでもいるとてもメジャーな水中微生物なのです。動物プランクトンか植物プランクトンかで分ければ、珪藻は植物プランクトン。細胞内に葉緑体を持っていて、光合成をしています。
珪藻には非常にたくさんの種類(2万種類以上)が知られており、世界中の海、湖、川に生息していて、最も大量に存在する植物プランクトンと言われています。光合成によって大気中に酸素を供給してくれているわけですが、その能力は熱帯雨林の行う光合成の量に匹敵するとのこと。これだけ多くいるのですから、珪藻の殻が大量に集積して土ができたとしても、それほど不思議ではありませんね。
また、「大量」といえば、赤潮と呼ばれる微生物の大量発生がしばしば起こり、漁業などに深刻な影響を及ぼしていますが、赤潮の原因も珪藻です。
多数の細かい穴が空いたガラスの殻
ガラスの殻を持つ微生物と聞くと、何だかとても美しいイメージが浮かびませんか。ガラス細工のように繊細で、透明な殻を持つ微生物たち。そのイメージを裏切ることなく、珪藻の殻というのはとても美しい姿をしています。
肉眼では小さすぎて見えないのですが、電子顕微鏡という倍率の高い顕微鏡で見てみると、たくさんの細かい穴が放射状に並んでいて、その繊細な構造はまるで芸術作品のようです。ヒマワリの花をじっくり見たことがあれば、花の中心の茶色い部分の様子をちょっと思い出してみてください。無数の種が何ともいえない規則性を持って並んでいるのですが、珪藻の殻に空いた多数の穴もあのような感じです。本当に美しく、感動的な姿。
珪藻の大きさは、大体1mm以下です。小さいものだと100分の1mmほど。こんなに小さな生物の殻に多数の穴が空いているのですから、どれほど小さい穴なのか想像できると思います。ちなみに数字で示すと、穴の直径は1000分の1mm〜1万分の1mm程度です。
実はこの微細な穴が、珪藻土バスマットの驚くべき吸水性の秘密になっています。多数の穴が空いているので水がしみ込みやすく、ぬれてもすぐに表面が乾くため、珪藻土バスマットはいつもサラサラで快適というわけです。
冒頭で、「珪藻土はガラスに近い物質でありながら、単純なガラスの粉末とは違う」というお話をしましたが、どこが違うかもうお分かりですね。成分は同じ二酸化ケイ素でも、珪藻土は多数の細かい穴が空いた複雑な構造をしているのです。
珪藻土ができるには陸からの土砂が少ないことが条件
珪藻土は土なので、鉱物資源と同じように地面を掘るなどして採掘されています。日本で珪藻土の採掘が行われているのは、北海道、秋田県、石川県、岡山県、大分県など。東日本の珪藻土は海で集積したもので、西日本の珪藻土は湖で集積したものという違いはありますが、珪藻土の基本的なでき方はどちらも同じです。
まず珪藻土ができるには、珪藻が大量発生しなければなりません。場所としては、穏やかな海(湾の中)や湖が適しています。赤潮のように珪藻が大量に発生した場合、海面あるいは湖面近くは珪藻で覆われます。
珪藻が増えると海面が色づくようになりますので、そのうち太陽光が遮られて海中に光が届かなくなります。太陽光が遮られれば光合成ができなくなり、その結果、増えすぎた珪藻たちは死滅することに。
死んでしまった大量の珪藻は海や湖の底に沈んでいき、そこで集積して化石になり、二酸化ケイ素でできた硬い殻だけが地層として残ります。珪藻の大量発生は繰り返し起こるため、穏やかな海の底や湖の底にはこのような珪藻の殻でできた地層がどんどん積み重なっていきます。こうしてできた土が、珪藻土というわけです。
ただし、ここで一つ大事な条件があります。それは、珪藻が集積する間に陸からの土砂の流入がないこと。
珪藻が大量発生しやすい穏やかな海(湾の中)や湖というのは、陸地に近いわけです。これはつまり、陸地からの土砂の流入が起こりやすいということ。珪藻が海の底や湖の底に集積していく間に、それと一緒に土砂も流れ込んできたら、その場所では珪藻土ではなく「珪藻の殻を多く含んだ普通の土」ができるだけです。
もちろん珪藻土にも不純物は混じっていますが、それでもほぼ100%珪藻の殻だけでできているからこそ、珪藻土バスマットに見られるような優れた吸水性を実現できるのです。「珪藻の殻を多く含んだ普通の土」程度では、バスマットはとても作れません。
というわけで、穏やかな海や湖でありながら、かつ陸地からの土砂の流入が少ない場所でないと品質の良い珪藻土は生まれないということです。世界中どこにでもいる珪藻ですが、珪藻土として見るならば、採掘量の限られた貴重な天然資源だと言えますね。それゆえに、珪藻土バスマットには残念ながら粗悪品もあるようで、製品を選ぶ際には注意が必要です。
参考文献
モダンデコ『珪藻土マットの魅力とは?長く使うためのお手入れ方法を解説』
EM珪藻土『珪藻土とは?』
イソライト珪藻土記念館『珪藻土とは』
コトバンク『珪藻土』
昭和化学工業株式会社『珪藻土.com』
Bradbury J (2004) Nature’s Nanotechnologists: Unveiling the Secrets of Diatoms. PLoS Biol 2(10): e306. https://doi.org/10.1371/journal.pbio.0020306
もっと知りたい人のためのオススメ本
渡邉克晃『身のまわりのあんなことこんなことを地質学的に考えてみた』(ベレ出版,2022)
※この記事の内容を含め、身近な地質学の話題がたくさん紹介されています。