持続可能な社会を目指す上で、子どもたちの理科離れは非常に大きな問題になります。
その理由は、理科離れによって子どもたち(将来を担う若者たち)に、次のような傾向が起こるからです。
- 自然界への興味が薄れる。
- 科学リテラシーが下がる。
- テクノロジーのリスクに対応できない。
この記事では、これら三つの理由について詳しく説明していきます。
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「持続可能な社会」の自然科学的な側面
最初に、「持続可能な社会」とはどんな社会のことなのか、確認しておきたいと思います。
いろんな側面があるのですが、ひとつの側面として、「地球というかけがえのない資源を、次の世代まで存続させられる社会」ということができます。
「SDGs」というのが、昨今よく言われていますね。
日本語では「持続可能な開発目標」と言い、2015年に国連サミットで採択された、17項目の国際目標です。
このSDGsの中には、地球そのものを持続可能にする(存続させる)という側面のものが、結構たくさん入っています。
例えば、安全な水。
それから、クリーンエネルギーと気候変動対策。
そして、海洋資源、陸地の資源などです。
「持続可能な社会」の考え方には、このように地球そのものを守ろうとする自然科学的な側面が、しっかりと盛り込まれているのです。
「子どもの理科離れ」の意味
また、「子どもの理科離れ」の意味についても、前提として確認しておきたいと思います。
「子どもの理科離れ」と言うと、小学生くらいの子どもが理科嫌いであるとか、あるいは、中学に入ってから急に授業が難しくなって子どもが理科嫌いになるとか、そのようなイメージで捉えている人が多いのではないでしょうか。
でも、実際はそうではありません。
小学生にしろ、中学生にしろ、理科が嫌いな子どもはそんなに多くないのです。
むしろ実験は喜んでやりますし、最近の教科書はすごくきれいな写真が多いので、そういうものを見ながら楽しく理科の授業を受けているわけです。
では、「子どもの理科離れ」とは一体何を意味するのか。
それは、大学受験に向けた高校での理系・文系コース分けにおいて、理系選択者が少ないことを意味します。
文部科学省が調べたこちらの資料を見てみると、高校でのコース選択では、圧倒的に文系コースが多いことがわかります。
これが「子どもの理科離れ」を最も端的に表しているデータではないかなと思います。
つまり、大学受験において理系コースの選択者が少ない、と言うことです。
持続可能な社会を目指す上で、理系離れが深刻な問題となる理由
持続可能な社会を目指す上で、高校生の理系離れがどうして深刻な問題となるのか。
その理由は、冒頭にも挙げたとおり、次世代を担う若者に次の3つの傾向が強くなるからです。
- 自然界への興味が薄れる。
- 科学リテラシーが下がる。
- テクノロジーのリスクに対応できない。
1. 自然界への興味が薄れる
高校で理系コースを選択しなければ、理科の勉強をする時間よりも、文系科目の勉強をする時間の方が当然多くなります。
社会、国語、英語などですね。
これらの勉強時間が増えると言うことは、相対的に理科に触れる機会が減っていくということ。
高校や中学の理科の教科書を思い出してほしいのですが、物理でも化学でも生物でも、教科書を見るだけで自然界の不思議や豊かさがすごく伝わってくるのです。
今の教科書はどんどんヴィジュアルが強化されていて、美しい写真がふんだんに使われています。
ですからペラペラと眺めているだけで、クリーンエネルギーのこと、資源のこと、生態系のこと、海洋環境のこと、あるいは森の大切さ、昆虫の不思議、生命や人体の不思議など、本当に様々な自然界の知識が入ってくるのです。
触れる機会さえあれば、自然科学に対する知識がどんどん増えていく、そういう状況。
しかし、理系コースを選択しないことによって、そういう機会が失われてしまう。
すると、自然界、あるいは自然そのものへの興味関心が、だんだんと薄れていってしまうわけです。
2. 科学リテラシーが下がる
持続可能な社会を目指す上で高校生の理系離れが深刻な問題になる理由、2つ目は、「科学リテラシーが下がるから」です。
「リテラシー」とは教養とか素養のことで、あることに精通していたり、その分野の知識や技術を上手く使いこなせたりする状態のことを、「リテラシーが高い」と表現します。
つまり「科学リテラシーが低い」というのは、科学に対する教養や素養のレベルが低く、科学的なものの見方に弱い状態のこと。
これも当然と言えば当然なのですが、理系コースを選択しないことで科学的な情報に触れる機会が減り、その結果、科学リテラシーが低下してしまうのです。
教科書を読んでいればわかるような基本的なことも、なかなか情報として入ってこない。
例えば、アメリカ西海岸にある情報科学産業の拠点地域を「シリコンバレー」と言いますが、この「シリコン」って何なのか。
元素の一つ、「ケイ素」のことですね。
半導体の材料として純度の高いシリコンが使われることから、情報科学産業の拠点地域を象徴的に「シリコンバレー」と呼んでいるわけです(「バレー」は谷のこと)。
シリコンがケイ素であることは、化学の教科書を見ている人ならわかります。
科学リテラシーが低い状態というのは、シリコンが何なのかも分からずに「シリコンバレー」という呼び名を使っている状態のことです。
このように、「言葉の本質が捉えられない」というところが、一つの問題になってきます。
また、昨今では気候変動のことがよく話題に上りますが、摂氏何度くらいの変動が問題にされているのか、すぐにわかるでしょうか。
ここ100年あまりで、地球の平均気温の変動は摂氏1度未満です。
何が言いたいかと言いますと、まず一つに、地球の「平均気温」は驚くほど安定しているということ。
ニュースで話題になる「最高気温を○度上回った」などは、地域的・局所的な変化であるということです。
そして2つ目に、たった摂氏1度、あるいは2度であっても、地球の「平均気温」の変化は地球環境に大きなインパクトを与えるということ。
これらの知識があるだけで、ニュースなどから入ってくる情報を正しく解釈することができます。
これが、科学リテラシーの高い状態です。
もしこれらの知識がなければ、過大評価したり過小評価したりして、感情で行動してしまうことになるでしょう。
しかも、こういう科学的な知識の蓄積は、私たちの直観に影響するものなのです。
ニュースである情報を聞いたとき、直観的に「ヤバイな」と思ったり、「それ本当なの?」と思って調べ直したり、「このデータからはそんなこと言えないよ」と自分の判断をしたりして、より正しく情報を扱えるようになる。
情報を鵜呑みにせず、適度に批判的に見られるようになるわけですね。
でも、理系コースを選択しないことによって科学リテラシーが下がると、科学的な情報を正しく解釈できなくなる。
だから「科学的データに基づいて」などと言われて数字を出されると、それをコロッと信じてしまうのです。
特に、自分自身に「私は文系だから」というレッテルを貼っている人は、それを言い訳にして思考停止状態になっているように思います。
これは、とても危険なことです。
3. テクノロジーのリスクに対応できない
持続可能な社会を目指す上で高校生の理系離れが深刻な問題になる理由、3つ目は、「テクノロジーのリスクに対応できなくなるから」です。
ここまで、理系コースを選択しないことで自然界への興味が薄れる、科学リテラシーが下がる、という2つの点を指摘してきました。
3番目は、その結果として、テクノロジーのリスクに対応できなくなる、というものです。
「テクノロジーのリスク」とは、ある新しいテクノロジーの出現によって、健全な地球環境あるいは人間生活が破壊されるリスクのことを言います。
なぜテクノロジーのリスクに対応できなくなるかというと、「自然界への興味が薄い」「科学リテラシーが低い」という状態では、便利なテクノロジーが入ってくると、それをそのまま鵜呑みにしてしまうからです。
無条件に受け入れてしまう。
例えば、「iPhone」が開発されましたね。
このテクノロジーがもたらすリスクは何でしょうか。
一つの側面として、iPhoneの出現によってコバルトなどの希少金属の需要が急増しました。
それに関連して、鉱山周辺の環境破壊や労働者のコバルト中毒のリスクが顕在化したのです。
もちろん、iPhoneだけが原因ではないでしょう。
しかし、技術革新がもたらした新たなリスクとして、十分に認識しておく必要があることです。
その他にも、5Gの通信技術では電磁波が人の健康に及ぼすリスクについて懸念されています。
基本的に、新しい技術が出現すると私たちの生活は便利になり、豊かになります。
ですから、深く考えないと、便利な方が好ましいのでテクノロジーを無条件で受け入れてしまう。
でも、先ほど例を挙げたように、テクノロジーにはリスクがあるのです。
地球環境や人間生活を持続可能にするには、ただテクノロジーの発展だけではいけないわけですね。
テクノロジーを発展させながらも、私たちの社会や環境を守っていかなければならない。
テクノロジーが諸刃の剣になって地球環境を破壊してしまうことは、往々にしてあるわけです。
それなのに、自然界への興味が薄く、科学リテラシーが低いと、テクノロジーの魅力の方が勝ってしまう。
そして、現状の高校生の理系離れを考えると、未来の日本は、そういう人たちが70%を超える社会になるのです。
持続可能な社会を目指すには、決してテクノロジー万能主義に陥ってはいけません。
「テクノロジーのリスク」というものを、絶対に考えていかなければいけないのです。
実際、多くの企業が今、持続可能な社会に向けての取り組みをしています。
「SDGs」によってますます加速していると言って良いでしょう。
テクノロジー万能主義ではない世界に向かおうとしているのですね。
ですから、これからの若者たち、次の世代を担う人たちも、そこにちゃんと関心を持って入っていかなくてはならない。
上記で、「高校生の理系コースの選択者は30%」と言いましたが、そもそも高校でコース分けをしている学校が、全体の3分の2(66%)程度です。
66%の中の、さらに30%が理系コースと考えれば、全体から見れば20%程度ということになります。
実に5分の1。
人数的に不利な彼らがテクノロジーのリスクについて警鐘を鳴らしたとして、社会全体が動くでしょうか。
スムーズに、政策決定の場に生かされるでしょうか。
私は、もっともっと理系コースの選択者が増えてほしいと思っています。
それによって、多くの人が自然界に興味を持ち、科学リテラシーを高いレベルに引き上げ、テクノロジーのリスクに適切に対応していけるようになると思うからです。
まとめ
今回の話をまとめます。
- 持続可能な社会を目指す上で、高校生の理系離れは深刻な問題である。
- 次の世代を担う若者が、自然界に関心を持ち、科学リテラシーに強くなり、それによってテクノロジーのリスクを回避していかなければならない。
- その第一歩として、地球の魅力や面白さを知ることが大切である。
というわけで、私はサイエンスコミュニケーターとして、これからも多くの地球科学の情報を皆さんにお伝えしていきたいと思っています。
最後までお読みいただきありがとうございました。