©︎James St. John / flickr

 

鉄の大量生産を可能にした特殊な地層

自動車や家電製品、橋やビルなどに大量に使われている鉄。

石油やレアメタルの枯渇が話題に上る中、不思議なことに鉄の枯渇を心配する声はほとんど聞かれません。

十分な埋蔵量があり、石からも取り出しやすいのは確かですが、これだけ大量に使っていたらそのうち危うくなるのではないでしょうか。

 

鉄の枯渇がほとんど心配されない理由は、やはりその埋蔵量の多さにあります。

鉄鉱石の種類には赤鉄鉱や磁鉄鉱などがありますが、世界各地に「縞状鉄鉱層」と呼ばれる分厚い赤鉄鉱の地層があって、そのおかげで鉄の大量生産が可能になっているのです。

 

縞状鉄鉱層とは、赤鉄鉱の地層と「チャート」と呼ばれる二酸化ケイ素の地層とが交互に積み重なってできた、縞模様の地層のこと。

典型的な見た目は、黒灰色と赤色の縞模様です。

©︎James St. John / flickr

 

「赤鉄鉱」という名前からして、赤い縞の部分が赤鉄鉱かと思いきや、実は黒っぽい部分が赤鉄鉱。

高い温度と圧力による変成作用を受けているため、再結晶が進んで黒灰色になっています。

一方、本来は白いはずのチャートの部分は、少量の酸化鉄が混じることにより赤色になっています。

 

その他のバリエーションとしては、赤鉄鉱ではなく磁鉄鉱が多い縞状鉄鉱層もありますし、チャート部分が白っぽいものもあります。

縞状鉄鉱層はどうやってできたのか

さて、世界中の地質学者が頭を悩ませているのが、「縞状鉄鉱層はどうやってできたのか」という問題。

こちらもまず、典型的な説明からお話ししようと思います。

 

縞状鉄鉱層は、できた時代によって大きく2つに分けられます。

35億年前〜29億年前にできた「アルゴマ型」と、25億年前〜18億年前にできた「スペリオル型」です。

 

ですが、「スペリオル型」の方が圧倒的に大規模なので、ここではスペリオル型の縞状鉄鉱層について見ていきましょう。

どれくらい大きいかというと、地層の厚さは数十メートルから数百メートル、水平方向の長さは、なんと数百キロメートルに及びます。

 

スペリオル型の形成過程について、典型的な説明はこうです。

 

植物プランクトンによって酸素が生み出される前、大昔の地球では、海は無酸素状態だった。

鉄は酸素がないと水によく溶けるため、当時の海にはたくさんの鉄が溶け込んでいた。

 

しかし、地球上に生命が誕生し、やがて植物プランクトンによる光合成がスタート。

大陸棚のような浅い海では、光合成によって海水中に酸素が増え、鉄が酸化されるようになった。

酸化した鉄は水に溶けられないので、沈澱して、浅い海の底には酸化鉄の地層ができていった。

 

海面付近の鉄が全て沈澱しても、深海底から浅い海へと鉄に富む海水が上昇してくるので、鉄の沈殿は海洋中の全ての鉄がなくなるまで続いた。

そのため、酸化鉄の地層は巨大な厚さと広がりを持つようになった。

 

大まかに言えば、このような形成過程です。

ですが、この典型的な説明では縞状鉄鉱層の特徴をうまく説明できないため、多くの疑問が残されています。

 

つまり、縞々の原因が謎。

光合成の盛んな時期とそうでない時期が繰り返されているとの説もありますが、この縞々模様は複雑で、うまく説明できないのです。

 

そのほか、縞状鉄鉱層を作るほどの大量の鉄がどうやって海洋中に供給されたかについても、定説がありません。

雨によって陸地から流れ込んできたのか、海底から火山活動によって供給されたのか。

 

鉄資源を支える特殊な地層には、まだまだ秘められた部分が多いのです。

実は鉄にも枯渇の心配がある

©︎Steve Rainwater / flickr

 

これほど巨大な縞状鉄鉱層があるなら、確かに枯渇の心配はしなくてよさそうですね。

現在の技術で採算の取れる埋蔵量だけでも、1000億トン以上はあると見積もられています。

 

しかし、安心してばかりもいられません。

世界の鉄の消費量は今や年間18億トンを超え(2020年時点)、この数字は19世紀半ばと比べて1万倍以上にもなります(World Steel AssociationWorld Steel in Figures 2021』)。

物質・材料研究機構(NIMS)の試算では、2050年までに埋蔵量をほぼ消費し尽くしてしまうと予想されています。

 

実際、日本に輸入される鉄鉱石の品質は少しずつ悪くなっており、製鉄業においては更なる技術開発が課題となっている状況。

それに加え、鉄スクラップの再資源化も、今後ますます重要になるでしょう。

 

現代文明は鉄に支えられていると言っても過言ではありません。

そしてその鉄は、18億年以上前にできた縞状鉄鉱層に支えられています。

 

膨大な時間の中で地球が育んできた、鉄という資源。

2050年で枯渇するなんてことになったら、あまりにも悲しすぎます。

これからも大切に利用していきたいですね。

参考文献

日本製鉄『鉄鉱石って何? その生い立ちに迫る』→ https://www.nipponsteel.com/company/publications/quarterly-nssmc/pdf/2017_18_10_13.pdf

物質・材料研究機構NIMS『レアメタルの基礎知識』→ https://www.nims.go.jp/research/elements/rare-metal/study/index.html

時事評論『わが「レアメタル」への取り組みは:新製造法開発に加え、高効率な回収技術も』(2006年7月)→ http://www.okabe.iis.u-tokyo.ac.jp/docs/okabe_essays/essay_20.pdf

JFEスチール『鉄とは:暮らしと産業を支える基礎素材』→ https://www.jfe-steel.co.jp/saiyou/about/iron/index.html

島崎英彦『先カンブリア縞状鉄鉱層』(地学雑誌,1993)→ https://www.jstage.jst.go.jp/article/jgeography1889/102/6/102_6_685/_pdf

三菱総合研究所『製鉄の将来動向』→ https://www.mri.co.jp/knowledge/column/20180307.html

World Steel AssociationWorld Steel in Figures 2021』→ https://worldsteel.org/steel-by-topic/statistics/world-steel-in-figures/

もっと知りたい人のためのオススメ本

渡邉克晃『身のまわりのあんなことこんなことを地質学的に考えてみた』(ベレ出版,2022)

書影『身のまわりのあんなことこんなことを地質学的に考えてみた』渡邉克晃(2022年11月18日刊行)
Amazon | 楽天ブックス

※この記事の内容を含め、身近な地質学の話題がたくさん紹介されています。

鉄の枯渇が心配されない地質学的事情(渡邉克晃『身のまわりのあんなことこんなことを地質学的に考えてみた』より)