東京や大阪など、アスファルトの多い大都市には自然が少ないと思われがちですね。
そんな都会の子供たちにとって、自然観察にもってこいの研究テーマがあります。
それは、地衣類・苔・シダ植物。
種子植物に分類されないこれらの生物は、あまり目立たないけど実に様々な所に生育しています。
アスファルトや岩の表面、街路樹、ほんの少ししか土がない隙間、などなど。
この記事では観察例として、東京都新宿区の地衣類・苔・シダ植物についてご紹介します。
地衣類・苔・シダ植物は環境に強い先駆種
「先駆種」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?
まだ土ができていない岩石ばかりの土地に、一番最初に進出する植物のことです。
その先駆種というのが、実は地衣類・苔・シダ植物なのです。
(注:地衣類は藻類と菌類の共生生物ですので、正確には植物ではありません。)
一般の植物が生育するには、ある程度まとまった量の土が必要です。
土がない場所で、いきなり桜や杉が生えることはできません。
しかし、先に進出する先駆種のおかげでちょっとずつ「土らしきもの」が作られていき、先駆種の遺骸とわずかにできた「土らしきもの」を足掛かりにして、徐々に他の植物も進出できるようになっていきます。
先駆種は植物界のパイオニアなんです。
未踏の地に力強く出ていくそんな彼らを、都会のど真ん中で探してみました。
今回の観察場所と観察の対象
今回の観察は東京都新宿区北新宿で行いました。
ルートは下の図中の赤いラインです。
神田川沿いの遊歩道とその近辺の街路を歩きました。
観察の対象は、「土のないところに生育する植物等」ということにして、コンクリートや岩、樹木の幹などに生えている地衣類、苔(コケ植物)、シダ植物、種子植物を対象としました。
ここで、「ん? なんで?」と思われたかと思います。
なぜ「観察の対象」を初めから「地衣類・苔・シダ植物」に限定しなかったのか。
それは、野外で知らない植物を見たときに、その場で「地衣類」「苔」「シダ植物」「それ以外」を判断することは結構難しいからです。
ですので、先駆種という性質に着目して、先駆種しか生育できなさそうな「劣悪な」場所に生えている植物等を対象にしたというわけです。
なお、地衣類は藻類と菌類が共生した生物で、生物分類上は植物ではありませんが、最も重要な先駆種の1つとして観察対象にしています。
観察の結果、土のないところに生育している地衣類、苔、シダ植物は見つかりましたが、種子植物は見つかりませんでした。
新宿で見つけた先駆種たち
それでは、今回の観察で見つけた先駆種たちを順番に紹介していきたいと思います。
1.ホソウリゴケ(コケ植物(蘚類))
路肩の縁石でホソウリゴケ(細瓜蘚)を見つけました。
ホソウリゴケはギンゴケと似ています。
ホソウリゴケとギンゴケを見分けるポイントは色です。
ギンゴケは乾燥すると銀色に見えますが、ホソウリゴケは乾燥しても緑色のままです。
拡大写真で詳しく見てみましょう。
上記の4枚の写真は、簡易実体顕微鏡(デジタルマイクロスコープ)で撮影したものです。
ホソウリゴケの植物体を詳しく観察してみると、先端に近い部分の葉は鮮やかな緑色でしたが、下の方の葉は茶色っぽく変色していました。
なお、ホソウリゴケなどのコケ植物には根はなく、根のように見える部分は仮根(かこん)と呼ばれています。
仮根はもっぱら体を支えるためだけに使われており、養分や水分を吸収する働きはありません。
コケ植物は体全体から水分を吸収して生きています。
2.ツブダイダイゴケ(地衣類)
道路標識の基部に使われているコンクリートの表面で、ツブダイダイゴケを見つけました。
ツブダイダイゴケは、コンクリートの表面でよく見かける黄色〜オレンジ色の地衣類です。
乾燥時にはオレンジ色が強くなりますが、水分を含むと黄緑に近い色になります。
3.ヒナノハイゴケ(コケ植物(蘚類))
サクラの樹の幹に生育していました。
樹木の幹の表面に生育することが普通ですが、岩やレンガの表面に生育することもあります。
漢字で書くと「雛の這苔(ひなのはいごけ)」です。
別名の「クチベニゴケ」は、蒴(さく)の口環(こうかん)が赤っぽい色をしていることに由来するそうです。
「蒴の口環」と言ってもどこのことか分かりにくいと思いますので、分解して実体顕微鏡で観察してみたいと思います。
ヒナノハイゴケの植物体を拡大した写真を見てみると、先端の方に白っぽい卵型の胞子体が付いています。
この部分を「蒴(さく)」と言い、蒴の中で赤くなっている部分を「口環」と言います。
この部分を見ると、「クチベニゴケ」という別名にも納得できるのではないでしょうか。
4.ウメノキゴケ(地衣類)
サクラの樹の幹の表面でウメノキゴケを見つけました。
ウメノキゴケは、漢字で「梅の木苔」と書きます。
その名の通り梅の木の幹によく生育しますが、梅以外にも、桜や松などの表面でよく見られます。
6.レプラゴケ(地衣類)
サクラの樹の幹に生育しているレプラゴケを見つけました。
レプラゴケは名前に「コケ」が付きますが、コケ植物ではなく地衣類です。
白っぽい青緑色(ミント色?)をしています。
レプラゴケは藻類と不完全菌類が共生したもので、不完全地衣類と呼ばれています。
写真で見てわかる通り、明確な外形を持っていません。
なんだかカビのようですね。
実体顕微鏡で拡大して見てみましょう。
拡大して観察してみると、小さな塊がいくつも集まった状態であることがわかります。
写真を3枚載せましたが、どこも同じような様子です。
こうして見てみると、食べ物などに生えるいわゆる「カビ」とは、やはり見え方が違いますね。
余談ですが、地衣類の体は「植物体」とは呼びません。
植物とは種子植物、シダ植物、コケ植物のことで、地衣類はこれに含まれないからです。
地衣類は菌類と藻類(単細胞藻類)が共生した生物ですので、ある意味で菌類、すなわちカビです。
ですが、菌類の体である菌糸体と明確に区別するために、地衣類の体のことは「地衣体」と呼びます。
見た目からしてカビと地衣類は違いますよね。
多くの場合地衣類には地衣類の、特徴的な外形があります。
7.レプラゴケ(地衣類)
こちらもレプラゴケですが、生息場所と色調が異なります。
安山岩〜デイサイト質の溶岩の表面に見られ、色は青灰色でした。
樹木の表面だけでなく、岩石の表面にも生育するんですね。
8.ツブダイダイゴケ(地衣類)
コンクリートの表面に見られたものと同じで、ツブダイダイゴケです。
こちらは安山岩〜デイサイト質の溶岩の表面に見られました。
9.ホウライシダ(シダ植物)
ホウライシダは小型のシダ植物で、涼しげな雰囲気を演出してくれる観葉植物としてよく知られています。
アジアンタム(Adiantum)という学名の方が有名かもしれませんね。
園芸品種としてホームセンターなどでよく見かけるものは、アジアンタム・ラディアナム(Adiantum raddianum)という種類のホウライシダです。
なお、ホウライシダの一種で「イワホウライシダ」というものがありますが、こちらは小笠原の固有種なので、東京(新宿近辺)では見られません。
まとめ
東京都新宿区の神田川沿いの遊歩道および近くの街路を調べた結果、以下の地衣類、コケ植物(苔)、シダ植物が見つかりました。
- 地衣類:ツブダイダイゴケ、ウメノキゴケ、レプラゴケ(3種類)
- コケ植物:ホソウリゴケ、ヒナノハイゴケ(2種類)
- シダ植物:ホウライシダ(1種類)
いずれも土のないところに生育していたものです。
今回の観察で、新宿にもいろんな種類の「先駆種」がいることがわかりました。
都会にお住いのみなさま、お出かけしたときには、道端の地衣類やコケにもぜひ注意を向けてみてください。
きっと新しい発見があると思います。
今回の実験に使った道具
もっと知りたい人のためのオススメ本
盛口満『となりの地衣類 地味で身近なふしぎの菌類ウォッチング』(八坂書房,2017)