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こんなにおもしろく読める科学の本もなかなかないと思います。

この本は、若きイギリス人アートデザイナーの著者が、芸術大学院時代に卒業制作として取り組んだ「トースター・プロジェクト」なるものを記録した本です。

トーマス・トウェイツ『ゼロからトースターを作ってみた結果』(新潮文庫,2015)
トーマス・トウェイツ『ゼロからトースターを作ってみた結果』(新潮文庫,2015)

原作:『The Toaster Project: Or A Heroic Attempt To Build A Simple Electric Appliance From Scratch』By Thomas Thwaites

 

体当たりで文明社会のブラックボックスに挑んだ「トースター・プロジェクト」。

最初は「バカなことやってるなー」という感じで笑いながら読めるのですが、読み進めていくうちに何とも言えない奥深さを感じるようになります。

 

ちょっと大げさですが、最後には文明社会の闇を見るようになります。

そして、自分の物質観が変わっていくのを感じることでしょう。

まず若きトウェイツさんは、「あると便利だけど、なくても困らないもの」の代名詞である電気トースターを、「自分一人で」「ゼロから」作ろうとします。

それが近代の消費文化の象徴のように思えたからでした。

 

「自分は確かに文明社会に生きているけど、自分一人では電気トースター1つすら作れないかもしれない。」

そんなシュールな、あるいは哲学的な問いが、彼をトースター作りに向かわせました。

 

最初に取り組んだのはトースターの分解です。

一番安いものが構造も一番簡単だろうということで、3ポンド94ペンス(約500円)の最安のトースターを購入し、分解しました。

 

「均質な素材でできた、最小の部品になるまで分解しよう。」

コンデンサーや絶縁コードをさらに分解し、最終的に金属、プラスチック、ゴムなど素材ごとに分けました。

 

その中で、最低限「トースター的なもの」を作るために必要な素材として、次の5つが選ばれました。

  • マイカ(雲母という鉱物のこと)
  • プラスチック
  • ニッケル

 

これらを「自分一人で」「ゼロから」作ります。

つまり、専門家の誰かに依頼することもしないし、ましてや大規模な生産ラインを有する企業に作ってもらうこともしません。

そして、地中から掘り出したそのままの材料を使って、産業革命以前の技術で作ります。

 

これらはトウェイツさんの「自分ルール」です。

ちなみにこの「自分ルール」には補足があって、「自分で決めたルールだから、自分が納得すれば破ってもよし」なのだとか。

とにかく面白いトウェイツさん。

さて、「ゼロから」という話に戻ります。

例えば鉄。

何と「鉄鉱石」から鉄を抽出するところから始まります。

 

鉱山に行って鉄鉱石を採取し、溶鉱炉を自作して、個人的に製鉄をやってしまいます。

なんというバイタリティー。

 

ポジティブで、不可能を可能にする楽観主義は、読んでいてとても楽しいです。

鉄以外の素材についても壮大な冒険と試行錯誤の跡が記録されていますが、詳細はお読みいただくということで。

 

とにもかくにも、失敗だらけのトースター作りは次第に形になっていきます。

部品をすべて作り上げ、いよいよ組み立てます。

さあ、できあがったものは……。

 

最後には深く考えさせられる、思慮に富んだ作品であることは確かです。

でも、とにかくおもしろい。

 

たぶんこの本をおもしろくしているのは、トウェイツさんのキャラクターだと思います。

1人称で、自分の思いを勢いよく、率直に語っています。

また、所々でつっこみを入れたり、毒づいたり。

 

そして、「一人で」と言いながら、たくさんの人を巻き込んで行きます。

きっと魅力あふれる青年なんでしょうね。

 

最後になりましたが、近代の消費文化にどっぷりとつかってしまった私たちが、ぜひとも読まなくてはならない本だと思います。

 

生まれた時から豊かな物質に囲まれている私たち。

そして若い世代の人たち。

さらに、これから生まれる次の世代の人たち。

 

大げさでなく、トースターを作ることが、消費文化を克服する優れた手段となります。

きっと物質観が変わることでしょう。

 

そうして、未来の地球をしっかりと守って行ける、私と皆さんになれればと思います。

 

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